スイスの地域暖房 拡充への期待と課題
地域の建物にまとめて熱を供給する地域暖房は、二酸化炭素(CO₂)排出量の削減に有効な選択肢とされる。ヨーロッパで導入が進む一方、スイスでは採算性や工事の難しさ、住民の反対などを背景に、計画の遅延や中止に至る例も少なくない。現場では普及拡大に向けた期待とともに、さまざまな課題が浮き彫りとなっている。
スイス北東部、ボーデン湖畔の町ロマンスホルンでは、湖水の熱を活用する地域暖房の導入を検討していた。しかし採算が見込めないことが判明し、このプロジェクトは2025年12月に取りやめとなった。同様の事例は他の地域でも見られる。スイス北部の町ラッパースヴィール・ヨナでは、チューリヒ州ヒンヴィールにあるごみ焼却施設の廃熱を活用し、地域の暖房需要の20%を賄う構想が持ち上がった。
「計画を詳細に検討した結果、リスクがあまりにも高く、将来の見通しも不透明だとの結論に至った」。ラッパースヴィール・ヨナの町長バーバラ・ディリエ氏は、独語圏のスイス公共放送(SRF)に対してこう語った。このプロジェクトは、チューリヒ湖およびリント地域のエネルギー供給を担う「チューリヒ湖・リント電力(Energie Zürichsee Linth、EZL)」が主導し、総事業費は1億1500万フラン(約2億3000万円)と見積もられていた。しかし、資金調達の見通しは立たなかったという。
EZLの取締役会会長マルティン・ロート氏も、今後数十年にわたり十分な顧客を確保することは、実質的に不可能だとの見方を示す。
「採算性の観点からすると、結局のところ、EZLが負担できるリスクの範囲を超えていた。投資資金の回収には、40~50年という非常に長い時間がかかる。想定外の事態が発生すれば、EZLのような企業にとっては存続問題に直結しかねない。最悪のケースではあるが」
都市インフラの制約
シュテファン・シラット氏は、スイスのエネルギーインフラ企業「テルモネッツ(Thermonetz)」に所属する、地域暖房専門の技術者だ。現在はベルンで地域暖房ネットワークの拡充に携わっている。同氏によれば、配管工事の現場は1つとして同じ条件のものがない。
特に都市部では、建物同士の距離が比較的近く、道幅も狭い。このように空間が限られた場所では、どのように配管ルートを確保するかが大きな課題となる。
計画や掘削にあたっては、周辺に既存のケーブルやトンネルが通っている可能性も考慮しなければならない。こうした条件が、工事の手間や費用の増大に繋がる。
ベルン市で総合的なインフラサービスを提供する「ベルン電力・水道(Energie Wasser Bern、EWB)」は現在、約5億フラン(約10億円)を投じ、約9000世帯を新たに自社の地域暖房ネットワークに接続する計画を進めている。EWBの広報担当サビーネ・クレーエンビュール氏は、十分な数の住宅所有者がこの取り組みに参加するとの見通しを示している。
都市部の成功事例
地域暖房の導入にあたっては、経済的リスクや技術的課題に加え、社会的要因が計画の進行を妨げる場合もある。実際、ザンクト・ガレン州ヴィールでは、住民の異議申し立てがプロジェクトの停滞を招いた。
地域暖房の拡充に成功している地域もある。地域熱供給の業界団体「スイス熱ネットワーク(Thermische Netze Schweiz)」の主催のもと先日ベルンで開かれた地域暖房フォーラムでは、同団体のマネージャーを務めるアンドレアス・ウルニ氏がその実例を紹介した。
「チューリヒやバーゼルといった都市が先行し、ジュネーブ、ベルン、ローザンヌもそれに続いた。これらの都市は2050年までに、暖房ネットワークの拡充に合計で約70億フラン(約140億円)を投資する見込みだ。機運は確実に高まっている。比較的小規模な多くの都市や村でも、迅速にネットワークの拡充が進むだろう」
多様化する熱源
ウルニ氏によると、スイス国内には約1600の地域暖房ネットワークが存在し、暖房需要の10%を賄っている。2050年までには、この割合が25%に達する見通しだという。また、地域暖房の供給事業者が活用する熱源も多様化が進む。ごみ焼却施設や工場の廃熱に加え、再生可能エネルギーの利用も広がっている。湖や河川の水、木質バイオマスだけでなく、近年ではデータセンターの廃熱も新たな熱源として注目されつつある。一方で、ガスを熱源とする意義は徐々に薄れている。
スイスは、国民1人あたりのデータセンター数が世界で最も多い国の1つだ。その結果、送電網への負荷が強まっている。詳しくは下記の記事へ。
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脱炭素化の重要性
地域暖房の国際団体「ユーロヒート&パワー(Euroheat & Power)」のパウリーネ・ルーカス氏は会合で、欧州連合(EU)域内では暖房需要の13%が地域暖房ネットワークによって賄われており、そのネットワークの44%は再生可能エネルギー由来の熱源で運用されていると説明した。同氏は、石油やガスからの脱却が重要な目標だと強調する。「熱エネルギーの脱炭素化は、CO₂排出量削減目標の達成に寄与するだけでなく、エネルギー安全保障の観点からも重要だ。EUでは、ガス使用量の3分の2が家庭や工場の冷暖房に使われている。このような依存状態からの脱却が必要だ」
スイスは、化石燃料からの転換が遅れている。3軒に1軒以上の建物が依然として石油暖房に依存しており、この割合はヨーロッパ諸国の中で最も高い水準にある。
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スウェーデンの成功モデル
スウェーデン出身でエネルギー事情に詳しいマート・キビカス氏は、SRFの取材に対し次のように語った。「冬にスウェーデン各地を訪れると、煙突から煙が上がる家がほとんどないことに気が付く。非常に多くの住宅が地域暖房ネットワークに接続されているためだ」
スウェーデンでは長年にわたり、工場やごみ焼却施設の廃熱が暖房に活用されてきた。首都ストックホルムでは、集合住宅の約90%が地域暖房を利用しているという。「この仕組みが機能しているのは、自治体がネットワーク整備に投資し、石油やガス、石炭による暖房よりも安価な料金設定を行ってきたためだ」
地域暖房では、各家庭が個別の暖房設備で熱を生み出すのではなく、木質バイオマスや地熱といった再生可能エネルギー、あるいは化石燃料を活用する大型の地域暖房プラントでまとめて熱を生成する。生成された熱は、プラントから延びる配管網を通じて、ネットワークに接続された建物へと供給される。
また、ごみ焼却施設や工場、データセンターから発生する余剰熱を回収し、再利用することも可能だ。湖水も熱エネルギー源として活用する事例もあり、ジュネーブではすでに実用化されている。
原文は外部リンク2026年2月7日にsrf.chに掲載された。
ドイツ語からの翻訳:本田未喜、校正:大野瑠衣子
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