持続可能な航空燃料、普及の鍵は量産化 スイスで実証進む
航空業界の脱炭素化に向け、持続可能な航空燃料(SAF)の普及が急務となっている。スイスでは、スタートアップのMetafuelsが、メタノールからSAFを合成する世界初の実証プラントを稼働させた。CO₂排出量の大幅な削減が期待される一方、量産化にはなお課題が残る。
8月下旬、スイスのスタートアップMetafuelsとパウル・シェラー研究所(PSI)は、アールガウ州フィリゲンにある同研究所の敷地内で、メタノールから航空燃料を合成する世界初の実証プラントの稼働を開始した。Metafuelsのサウラブ・カプール最高経営責任者(CEO)は開所式で、「持続可能な航空燃料は、航空業界の脱炭素化における最も重要な手段だ」と述べた。
この実証プラントでは、再生可能エネルギー(再エネ)で生成したグリーン水素と、大気中などから回収した二酸化炭素(CO₂)を原料にグリーンメタノールを生成し、合成航空燃料へと変換する。この燃料は最近、航空機での使用が承認された。製造から輸送、航空機の運航を含むライフサイクル全体で、化石燃料由来のケロシンと比べて温室効果ガス排出量を最大90%削減できるうえ、既存の航空機でも利用可能だ。
合成航空燃料は、つい最近まで研究開発の段階にあった。しかし、認証を受けた燃料が商業運航で使われ始めたことで、業界最大の課題は技術の実証から量産へと移った。今後は、必要な時期までに十分な量を手頃な価格で供給できるかが問われる。
スイスの技術が注目される理由
航空業界は世界のCO₂排出量の約2~3%を占め外部リンク、温室効果ガスの排出量が特に速いペースで増加している業界の1つだ。長距離の運航は現時点で電動化が難しく、SAFが脱炭素化の主要な手段とみなされている。2050年までに同業界で削減されるCO₂排出量の最大65%を担う可能性がある外部リンクためだ。なかでも、Metafuelsの燃料をはじめとした合成燃料が注目を集めている。
世界経済フォーラムの報告書外部リンクによると、米国はSAFの商業導入をリードし、中国は生産能力を急速に拡大している。一方、欧州は政策支援を背景に、先進燃料の技術革新で優位に立っている。
SAFはさまざまな原料から製造できるが、現在はその80%以上が廃油脂類由来だ。しかし、廃油脂類の供給量には限りがあるため、再エネや水素、回収したCO₂から製造する合成SAFへの関心が高まっている。
Metafuelsの技術では、再エネを使って水を電気分解し、グリーン水素を生成する。これを、木材や植物廃棄物などのバイオマス、または大気から直接回収したCO₂と反応させてグリーンメタノールを製造する。さらに触媒を用いて、化学的には従来の航空燃料と同じ物質の合成ケロシンへと変換する。
ブリュッセルに拠点を置く環境NGO、Transport & Environment外部リンクで航空分野の環境対策を担うカミーユ・ミュトレル氏は、メタノールから製造する航空燃料の利点として、廃油脂類や農作物など、供給量に限りのある原料に依存しない点を挙げる。グリーン水素と回収したCO₂を利用することで、生産規模を拡大できるという。
「メタノールから航空燃料を製造する技術にも限界はある。しかし、航空産業が長期的に排出量を削減するうえで、最も有望な合成燃料技術の1つだと考えている」
量産化を阻む壁
Metafuelsは現在、オランダのロッテルダムに、同社では初となる産業規模のプラントを建設している。2028年までに1日あたり10トン、2030年代半ばまでに同1000トンの燃料を生産することを目指す。
一方、国際航空運送協会(IATA)の試算によると、航空業界が2050年までにCO₂排出量の実質ゼロを達成するには、年間約5億トンのSAFが必要となる外部リンク。支援策を強化しなければ、供給量は気候目標の達成に必要な水準に届かない可能性が高いという。
世界のSAF生産量は、2026年も240万トンにとどまる見通しだ。航空業界の脱炭素化に必要な量を大きく下回ることから、同協会のウィリー・ウォルシュ事務局長は6月、この数字について「期待はずれだ」と発言外部リンクした。同氏は、政府の政策支援が不十分であることや、主要な石油会社からの投資が不足していることを原因に挙げた。
専門家らは、発表されたプロジェクトの多くが生産開始には至らないと警告する。
ベルギーのハッセルト大学で環境経済学を研究するアレッサンドロ・マルトゥリ氏は、スイスインフォに対し、「我々の最新の分析外部リンクによると、2026年末までに稼働予定だと発表されていたSAFの生産能力のうち、実際に完成していたのはわずか24%で、26%は計画が保留または中止されていた。多くのプロジェクトは建設にすら至らないため、発表された計画だけでは将来の供給量を正確に見通せない」と述べた。
Metafuelsが事業を成功させるには、製造コストや資金調達、再エネと原料の安定確保など、業界全体が抱えるさまざまな課題を乗り越える必要がある。
投資を呼び込めるか
SAFの生産拡大には、コストやエネルギー、原料の確保といった制約がある。手法によって異なるものの、生産コストは現時点で化石燃料の2~6倍外部リンクに上る。
特に合成燃料の製造には、大量の再エネやグリーン水素、水、CO₂が欠かせない。コンサルティング会社EYの2025年の報告書外部リンクによると、2050年までにCO₂排出量の実質ゼロを達成するには、SAFの生産に1~1.5兆ドル(約160~240兆円)の投資が必要となる。
マルトゥリ氏は、最大の障壁は技術そのものではなく、大手燃料供給会社の取り組みが不十分なことだと指摘する。
石油やガス業界には十分な資金力がある。しかし、欧州では40件を超える産業規模のSAFプロジェクトが計画されている外部リンクにもかかわらず、投資が正式に決まったものはまだ1件もない。欧州連合(EU)のReFuelEU外部リンク規則では、燃料供給会社に対し、一定割合のSAFを供給するよう義務付けている。それでも、こうした会社は長期購入契約に消極的なため、プロジェクトへの投資を呼び込めずにいる。 さらに、プロジェクトのコスト上昇やSAFの競争力の低さに加え、手頃な価格のグリーン水素やバイオマス由来のCO₂など、重要な原料の不足も課題となっている。
規制は生産の実情に合っているか
100社を超える航空会社が、すでにSAFを使用している。スイス・インターナショナル・エアラインズ(SWISS)では現在、燃料消費量の0.9%をSAFでまかなっている。原料は、使用済み食用油などのバイオマスだ。将来の供給を確保するため、同社はMetafuelsのほか、スイス連邦工科大学チューリヒ校(ETHZ)発のスピンオフ企業シンヘリオンとも提携している。
SWISSのイェンス・フェーリンガーCEOは、先日開かれたMetafuelsとPSIの実証プラント開所式で、「購入する側として、我々は基本的に準備が整っている。適正な価格で十分な量のSAFが供給されれば、明日にでも移行できるだろう」と述べた。
EUの規則では、航空燃料に占めるSAFの割合を段階的に引き上げ、2050年には70%とすることを定めている。スイスもこの目標に合わせ、改正CO₂法にSAFの導入義務などを盛り込んだ。
一方、一部の業界関係者からは、航空分野の脱炭素化に関する規制がSAFの生産拡大を上回るペースで進み、航空運賃が高騰する恐れがあるとの懸念が出ている。 IATAでサステナビリティ担当上級副会長兼チーフエコノミストを務めるマリー・オーウェンス・トムセン氏は、「英国とEUが掲げる2030年の合成SAF目標は、あまりにも現実離れしている」と指摘する。英国とEU が2030年までに必要とするSAFは60万トンに上る一方、現在稼働中または建設中の設備での生産能力は2万トンにとどまるという。
MetafuelsとPSIによる合成SAFプロジェクトは、数年にわたる取り組みを経て実を結んだ。スイスではこれに先立ち、ETHZの研究から生まれたスピンアウト企業シンヘリオンも設立されている。
同国は、政府の助成や世界有数の研究機関を生かし、次世代燃料の先進的な研究開発拠点となることを目指している。Metafuels は、連邦エネルギー省エネルギー局(BFE/OFEN)から440万フラン(約8億3600万円)の助成を受けた。連邦政府は改正CO₂法に基づき、2030年までに3億9000万フラン(約741億円)の財源を確保している。この資金は、合成SAFを中心に、航空分野の温室効果ガス排出量削減につながるプロジェクトの支援に充てられる。
連邦運輸省民間航空局(BAZL/OFAC)のフランシーヌ・ツィマーマン局長は、「スイスはSAFの大量生産国にはならないだろう。しかし、技術を開発し、リスクを軽減して、その技術を輸出する拠点にはなれる。このことは、気候目標と経済の面で価値を生み出す」と話す。
ハッセルト大学のマルトゥリ氏は、「理論上、欧州のSAF導入義務のうち合成SAF以外の部分については、発表済みの生産計画だけで、2030年までに必要量を確保できる可能性がある」と指摘する。一方、合成SAFについては懸念が残る。EU域内で計画されている生産プロジェクトのうち、投資が正式に決まったものはごくわずかで、供給目標の達成が危ぶまれているためだ。
それでも同氏は、風力発電や太陽光発電と同様に、連邦政府が投資リスクを軽減し、長期的な支援と政策の安定性を確保すれば、目標を達成できる可能性はあるとみている。
IATAは、SAFの普及を加速させるには、再エネと燃料原料の供給拡大、燃料インフラへのアクセス自由化、政策や投資環境の整備に加え、世界的なSAF市場の形成に向けた連携が必要だと指摘する外部リンク。
ただし、合成SAFの供給量は依然として少ない。一部の専門家は、技術の進歩だけでは、航空需要の増加に伴う環境負荷を相殺できないと主張する。
PSIでエネルギーシステム統合部門を率いるマルコ・ラノッキアーリ氏は、「研究の結果、SAFの導入だけでは不十分だと分かった。航空機の運航便数も減らさなければならない」と述べた。
Metafuelsなどの企業が合成燃料の生産拡大を急ぐなか、今後数年は、政策や技術、投資によって、高い気候目標と拡大する航空需要との隔たりを埋められるかどうかが試される。
編集:Gabe Bullard/Veronica De Vore、英語からの翻訳:本田未喜、校正:大野瑠衣子
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