スイスの投票率はなぜ低いのか
年に約4回も国民投票が行われるスイスは、民主主義の模範国とされる。しかし投票に行く有権者は意外と少ない。それはなぜか。
おすすめの記事
ニュースレターへの登録
オーストラリアでは有権者のほぼ全員が投票に行く。直近の選挙では10人中9人が票を投じた。「南米のスイス」とも呼ばれるウルグアイでは、2024年の大統領・上下両院議員選挙の投票率は89%だった。
スイスの投票率はこれとは程遠い。国際比較でもスイスは投票率が低く、投票権を行使するのは半数にも満たない。2023年の連邦議会選挙(総選挙)での投票率は46.7%だった。
なぜスイスは投票率が低いのか
「部外者として、ある程度理解できる」と語るのは、ノルウェー科学技術大学(NTNU、トロンハイム)のドイツ人政治学者アンドレアス・ゴルトベルク教授だ。スイスを研究対象としている。
ゴルトベルク氏によれば、投票率が低いのは「スイスでは選挙によって政党間の勢力図が変わることがあまりないからだ」。実際、スイスで総選挙後に政権を構成する勢力が変わることはほとんどない。連邦内閣(政府)の閣僚は有権者でなく議会が選ぶこと、他国と比べて議会内の政党勢力が安定していることが理由で、投票権を行使しない人が一定数いるのではないか、というのがゴルトベルク氏の見立てだ。「スイスの議会選挙が(閣僚7人からなる)連邦内閣の構成に影響を与えることはめったにない」
ゴルトベルク氏は、米国大統領選挙でさえ投票率は3分の2に満たないと指摘する。「そして、この選挙は、スイスにおける議会選挙よりも、米国にとってははるかに重要な意味を持つ」
おすすめの記事
個人的信条より総意を優先 スイス連邦内閣の合議制とは
昔はどうだったのか?
投票率が50%を超えたのは、女性参政権導入後初の選挙となった1971年と1975年だけ。それ以降は42.2%(1995年)から48.9%(1983年)の間で推移している。2003年以降の選挙では、いずれも45%を超えた。
民主主義の強さは、その決定がいかに有権者の幅広い支持を得たかで測られる。スイス連邦統計局はウェブサイト上で「投票率は民主主義が機能する上で重要な指標」と記している。
スイス国内でも、低投票率は選挙のたびに批判のやり玉にあがる。論点は毎回ほぼ同じで、すなわち、より多くの人々が参加しなければ、ごく少数の少数派が多数派の意思を左右することになり、民主主義が損なわれるという懸念だ。投票に参加しない人々は政治に幻滅しているという指摘もある。
なぜ、国民投票では投票率が高くなることがあるのか
スイスの国民投票では、投票率が60%近くに達することがある。例えば2026年6月に行われた「人口1000万人のスイスに反対」イニシアチブ(国民発議)の国民投票が58.9%だった。国民投票の方が選挙よりも重要だと受け止められているのだろうか。
ゴルトベルク氏はここで政治学者レト・ミッテレッガー氏の分析を引用する。それは、スイスの人々は議会の重要性を過小評価し、国民投票の重要性を過大評価する傾向がある、というものだ。
ゴルトベルク氏と同じく政治学者のパスカル・シアリーニ氏の研究によれば、重要だと感じる投票ほど、票を投じる傾向が強くなる。一方で、投票内容が複雑であればあるほど、投票権を行使するスイス市民は減る。
この2つの傾向は、スイスで年に最大4回設けられる国民投票日にも表れる。投票権を行使する有権者の数は、半数より明らかに少ないのが常だ。
「すべての投票で高い投票率を達成し、毎回全員に情報を伝えてやる気を引き出すのは難しい。4年に1度の選挙の方がずっと簡単だ」とゴルトベルク氏は続ける。
さらに、多岐にわたる投票テーマが有権者を圧倒し、敬遠させることもある。国民投票では連邦レベルだけでなく、州(カントン)、自治体レベルのイニシアチブ(国民発議)やレファレンダム(国民表決)の是非が同時に問われる。
スイス全土で行われる国民投票や選挙では、18歳以上でスイス国籍を有するすべての人が投票権を有する。海外在住のスイス人は、在外選挙登録を行う必要がある。障がい者の中には、投票権や選挙権が認められていない人もいる。
スイスでは、連邦レベルで約560万人が投票権を有する。スイスの居住人口の約27%は外国人であり、連邦レベルでの投票参加はできない。ごく一部の州では、外国人にも州・自治体レベルでの投票権を付与している。スイスの総人口は約910万人。
こうした仕組みの違いから、数年に一度しか選挙がない国とスイスを比較するのは「やや不公平」だとゴルトベルク氏は考える。それでも、できるだけ多くの人が民主的なプロセスに参加することは望ましいと言う。
おすすめの記事
「政治家に任せっきり」にしない スイスの直接民主主義
一度も投票しない人はいるのか
長期的に見ると、スイスではほぼすべての有権者が少なくとも一度は投票に参加している。ゴルトベルク氏らによる研究では、投票を全くしたことがない人は約10%にとどまった。
この研究では、1996年から利用可能なジュネーブ州の住民登録データを用い、長期間にわたる投票行動を分析した。このデータは各個人に匿名コードを付与し、誰であるかを特定せずに投票行動を追跡できる。
この手法は直接的な聞き取り調査よりはるかに優れている、とゴルトベルク氏は強調する。直接的な聞き取り調査では、対象者が投票や選挙への参加頻度を実際より高く答える傾向があるからだ。
「このデータで、常に参加した人と一度も参加しなかった人を調べた。どちらも比較的少数で、計30回の国民投票に一度も参加しなかったのは10%にとどまった」とゴルトベルク氏は言う。常に投票する人も同様に10%だった。
約5人に4人が、30回の投票のうち少なくとも1回は政治的権利を行使した。だが、すべてに参加したわけではない。つまり大多数の有権者は「選択的」に投票している。毎回の投票ごとに参加するかどうかを改めて判断している。
「常にではないが、ゼロでもない。これは民主主義にとって比較的前向きな結果だった」とゴルトベルク氏は話す。完全に政治から切り離されていると感じている人はごく少数だということになる。
おすすめの記事
民主主義
投票義務化はありか、なしか
研究では、若者の投票する頻度が低いことも明らかになった。毎回投票する少数派には、特に中年層が多く含まれている。
ゴルトベルク氏は投票率の問題を多角的に見ている。投票を義務化すれば投票率は上昇するが、自発的でない投票から生まれた政治的決定に民主主義的な意味があるかどうかは疑問が残る。したがって「全員に強制するより、関心のある人に投票してもらう」ことは正当だと言える。スイスでは伝統的にシャフハウゼン州だけが投票義務制度を採用している。
一般的に低投票率が問題になるのは、特定の集団が一切参加しない場合だとゴルトベルク氏は指摘する。「投票しない人を完全に政治離れにさせなければ」、つまりその多くが少なくとも時々は票を投じているのであれば、民主主義は「健全な状態にある」と言えるという。
これに対して、より厳しい見方もある。法学者レオニー・C・マルティ氏は最近の論考で、選択的な参加は「直接民主主義の約束を損なう」と論じた。全体としてみれば、参加の偏りが結果に歪みをもたらすからだ。問題は参加者が少ないことではなく、常に同じ少数のグループが参加していることだという。
マルティ氏はスイスインフォの取材に「問題は参加者が少ないことではなく、構造的な理由から常に同じ社会集団が投票を避けていることだ」と答えた。「こうして市民自身が決定するという直接民主主義の約束は、もともと声に耳を傾けられている人々の特権になってしまう」
意識的に棄権すること、また「抗議として、あるいはある議題が十分に重要でないと感じて棄権する人は、正当な自己決定を行使している」とマルティ氏は言う。問題なのは、棄権が意識的に選択されたものではなく、「認知的な過負荷や構造的な障壁」によって強制された場合だ。
ただしマルティ氏は一貫して投票義務の導入には反対している。投票率は上がるかもしれないが、根本的な原因に対処することにはならないからだ。
ウルグアイとオーストラリアには投票義務制度があり、それが理由で10人中9人が選挙や投票に参加する。しかしこれらの国では、スイスのように数カ月ごとに直接政治参加できるわけではない。
おすすめの記事
OECD信頼度調査 世界最高水準でもスイスが注目されない理由
編集:Balz Rigendinger、独語からの翻訳・宇田薫、校正:大野瑠衣子
JTI基準に準拠
swissinfo.chの記者との意見交換は、こちらからアクセスしてください。
他のトピックを議論したい、あるいは記事の誤記に関しては、japanese@swissinfo.ch までご連絡ください。