おすすめの記事 1杯のウイスキーに110万円 中国人観光客が舌鼓 このコンテンツが公開されたのは、 2017/08/03 スキーリゾート地サン・モリッツにあるホテルのバーで、1878年製造の未開封のビンテージウイスキー、ザ・マッカランのボトルが開けられた。グラス1杯の値段は何と9999フラン(約110万円)。注文したのは中国人の男性観光客で、130年ものの味わいに舌鼓を打った。 マッカランの大ファンであるこの男性はほかの中国人観光客と一緒に、ホテル「ヴァルトハウス・アム・ゼー」のバーを訪れ、大好きなマッカランのビンテージものを注文した。同ホテルは、世界最大のウイスキーコレクション(2500本)を持つホテルとしてギネスブックに掲載されている。 もっと読む 1杯のウイスキーに110万円 中国人観光客が舌鼓
おすすめの記事 在日暦57年のスイス人 ―退職後のつぶやき― このコンテンツが公開されたのは、 2017/07/31 シーベルさんは、「57年間東京に暮らすことで、日本に関しての理解が変わってきた」と言う。そして、「世界における日本の立場や、日本政策のメリット、日本が抱える様々な社会問題のどこに改善の余地があるかを熟考するようになった… もっと読む 在日暦57年のスイス人 ―退職後のつぶやき―
おすすめの記事 スイスアルプスに世界最長の歩行者用吊り橋オープン! このコンテンツが公開されたのは、 2017/07/29 全長494メートルの世界最長の歩行者用吊り橋が、スイスに登場した。ドローンがその全貌を紹介する。 もっと読む スイスアルプスに世界最長の歩行者用吊り橋オープン!
おすすめの記事 「日本ブーム」到来 旅行先としての日本の魅力とは このコンテンツが公開されたのは、 2017/07/28 観光客の数が増加の一途を辿る日本だが、スイスからの観光客も例外ではない。近年、日本へ旅をするスイス人が増えている理由とは?そして、伸び悩むスイスの観光産業が日本から学べることとは? 日本政府観光局の統計によると、スイスからの訪日者数は2003~16年の13年間で155%増加している。スイスの観光業者の間でも、とりわけここ2年間は一種の「日本ブーム」が訪れているという共通の認識みられる。 16年の訪日客数の中で最多だった中国人の約637万人に対して、スイス人の約4万4千人は一見僅かに見えるが、両国の人口に占める割合で見ると、スイスにおける日本の人気は高いと言える。中国の場合、人口の0.47%が同年に日本を訪問しているのに対し、スイスは0.53%。欧州で訪日者が最多だった英国の0.45%より多い。 もっと読む 「日本ブーム」到来 旅行先としての日本の魅力とは
おすすめの記事 スイスの別荘、購入価格が下落 このコンテンツが公開されたのは、 2017/07/27 サン・モリッツやヴェルビエなどスイス屈指の観光地でも、不動産価格が前年比で3~9%下落。これは、不動産価格が上昇しているフランスやオーストリアのアルプス地方とは極めて対照的だとUBSは指摘する。 UBSはスイスの別荘… もっと読む スイスの別荘、購入価格が下落
おすすめの記事 「高物価の島スイス」 消費者行動の予測が困難に このコンテンツが公開されたのは、 2017/07/25 スイスの物価高は最近のニュースでよく取り上げられている。物価高には不満の声が上がっているが、その原因にはこれまでの消費性向を変えることへの抵抗感があるのかもしれない。 もっと読む 「高物価の島スイス」 消費者行動の予測が困難に
おすすめの記事 単なる邪魔者扱い?オオカミとの共存は無理なのか このコンテンツが公開されたのは、 2017/07/24 オオカミが姿を現すたびに、スイス人はとても感情的になる。絶滅したと思われていたこの捕食動物がスイスに戻って来て以来、人々は危機感、恐れ、怒り、そして魅惑といったさまざまな感情に直面している。 19世紀の終わり頃、反オオカミ運動の一環でスイス最後の野生オオカミが狩猟された。しかしオオカミは欧州の他の地域で生き延びていた。そして1995年、1頭のハイイロオオカミがイタリアからスイスに北上してきたことが確認された。現在では30頭以上のオオカミがスイスのアルプスに生息している。 オオカミが再来してからというもの、スイスでは保護をめぐって支持派と反対派の対立が続いている。ほんの数十頭のオオカミになぜここまで騒ぎ立てるのだろうか?ちなみに他の欧州諸国では、スイスと同じ規模の国でもオオカミが何百頭も生息している。ロシアやカナダに至っては何万頭という単位のオオカミが存在している。 もっと読む 単なる邪魔者扱い?オオカミとの共存は無理なのか
おすすめの記事 スイス航空創設者、「空飛ぶ暗室」から世界を撮影 このコンテンツが公開されたのは、 2017/07/22 スイス連邦工科大学附属図書館に保存されている写真コレクションの中でも、ヴァルター・ミッテルホルツァー(1894~1937年)による写真は最も有名なコレクションの一つに数えられる。しかし、彼がスイスの航空パイオニアの一人に数えられ、スイス航空(現在のスイス インターナショナル エアラインズ)の創立者であることを知る人は今や多くない。 スイス東部の町、ザンクト・ガレンのパン屋の息子として生まれたミッテルホルツァーは、ギムナジウム(中等教育)を終えた後チューリヒに引っ越し、そこで写真の技術を学んだ。早くから野望を抱いていた彼は、実家のパン屋を継ぐ気はなかった。 実業家としての才能があったミッテルホルツァーは、スイスの初期のプロペラ機に乗り込み、国内の村や町、工場の写真を撮影して、それを住民、行政機関、工場主などに販売した。やがて彼は国境を越え、ノルウェー領スピッツベルゲン島で調査を行っていた極地探検家ロアール・アムンセンの元へ飛ぶことになる。それから1年後、今度はペルシアに向けてプロペラ機を飛ばし、その際に新たな飛行ルートを開拓。そして、「スイス号」でのケープタウンへの飛行で一躍有名になる。 このプロペラ機には、現地の熱帯気候にも耐えうる特別なカメラと小型カメラがそれぞれ2台積まれていただけでなく、現像室までもが作り付けられていた。まさに「空飛ぶ暗室」だ。ミッテルホルツァーの撮影隊が描く被写体のイメージははっきりしていた。野生動物、踊る人々、上空からの景色だ。 もっと読む スイス航空創設者、「空飛ぶ暗室」から世界を撮影