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高性能の工作機械でも中国にスイス時計は作れない ミクロンCEO

工作機械メーカーの従業員
ヌーシャテル州ブードリーのミクロン工作機械工場で働く従業員 © Keystone / Christian Beutler

ドイツや中国の景気減速という逆風が吹くなか、スイスを代表する工作機械メーカーのミクロンは好業績を収めている。好調な時計輸出に牽引された形だが、死角はないのか。

ベルン州ビール(ビエンヌ)で1908年に創業したミクロンは、時計製造、製薬、製品製造、自動車製造などの主要産業向けに工作機械を提供する、スイス証券取引所の上場企業だ。従業員は約1500人。

主要輸出相手国のドイツや中国の景気減速でスイス製造業に逆風が吹くなか、ミクロンは2023年も好業績を達成した。2021年6月にミクロン・グループCEOに就任したデラヨー氏に今後の見通しを聞いた。

仏リヨン大学で電子工学修士号、IDRACビジネススクール、リヨン校でインダストリアル・マーケティング修士号を取得後、重電大手ABB、繊維機械Rieter Textile Machinery、自動車部品大手オートニウム(Autoneum)、表面処理・ポリマー事業のエリコン(Oerlikon)など、スイス企業で要職を歴任。2021年6月、ミクロン・グループ最高経営責任者(CEO)に就任。

swissinfo.ch2023年、ミクロンの売上げは2割近く増えました。その理由をどう分析しますか?

マーク・デラヨー:製薬業界と医療技術業界が大きな牽引役になりました。また、伝統的に当社の柱の1つとなっている時計製造業界からは、完成までに数年を要する超大型注文を2022年に受けています。時計業界の減速予想を受けて受注数はやや停滞しましたが、そのおかげで2023年の時計製造関連の売上げは好調でした。

swissinfo.ch:スイスの産業界は新型コロナウイルスのパンデミック後に堅調な回復を見せた後、厳しい局面を迎えています。特に外需が低迷し、ここ数カ月は冴えない景気指標が続いています。ミクロンはどう対処していますか?

デラヨー:当社の受注表はびっしり埋まっているので、2024年は良い年になるはずです。それでも、懸念されるのはドイツ市場です。ドイツの顧客はあまり先行きが明るいとは思わないようです。大統領選を控えた米国も同じように不透明感があります。その一方で中国については、電動車両や医療産業に可能性があるため、より楽観的です。 長期的には当社は安定した成長を見せ、例えば航空宇宙やエネルギーといった新たな分野をターゲットにしていくことは間違いありません。また国外、中でも私たちの価値に共感してくれる顧客のいる日本や、航空宇宙や医療分野の発展が著しいインドでの成長を見込んでいます。

マーク・デラヨー
DR

swissinfo.ch:現在の見通しは明るいようですが、ミクロンは2000年代初め苦境に立たされ、破産申請寸前まで追い込まれました。

デラヨー:はい。幸いなことに、アマン・グループ(本社・ベルン州ランゲンタール)が2003年にスイス製造業の存続をかけて当社の救済に動いてくれました。今日、アマン・グループは当社の主要株主で、株のほぼ5割を保有しています。救済後に当社の取締役会と共同で策定した経営戦略により、私たちは競争力を維持し、この分野でリーダー的存在になることができました。

swissinfo.ch:今どのような課題に直面していますか?

デラヨー:これまでは同時並行で対処しなければならない課題は2~3個でしたが、現在はもっと増えています。電気自動車(EV)への移行、パンデミック後の航空・宇宙業界の再編、医療分野の成長と現地化、人工知能(AI)など急速なデジタル化、新入社員が求めるものの変化、諸大国間の地政学的な緊張、そしてフラン高などです。

当社は過去数十年間、フラン上昇を受けて経営を効率化する必要に迫られました。同時に国内の低いインフレ率のおかげでコスト上昇を抑えることができました。それでも、1ユーロ=1フラン、1ドル=1フラン近辺にフラン相場が下がることが重要です。そうでなければ、当社はとりわけ厳しい状況に陥いるでしょう。

swissinfo.ch:主な競争相手は?

デラヨー:まずはドイツ、イタリア、北米の企業、そして新規参入してきた中国企業です。ですが中国企業はまだ当社製品と同性能の機械を提供できてはいません。

swissinfo.ch:スイスは工作機械セクターで劣勢になったのですか?

デラヨー:はい、主に2つのシーンで。1つは、外国メーカーが妥当な品質の工作機械を比較的低価格で提供するようになった競争の激しい分野です。もう1つは、工作機械の需要が生産コストの低い国に集中している分野です。

繊維機械に代表されるように、低・中価格帯の工作機械の製造がアジアにシフトしていると言わざるを得ません。スイスの編み機メーカー、シュタイガーなどの企業は、こうした背景から、機械製造部門を中国に移転せざるを得なくなる可能性があります。

swissinfo.ch:ミクロンは現在も全ての工作機械をスイス国内で製造していますか?

デラヨー:はい。当社は顧客が高精度、高生産性、そして高品質を求めるニッチ市場をターゲットにしており、全ての機械を現在もスイスで製造しています。私たちの顧客が求めるのは、長期的な投資に見合うリターンであり、当社とのパートナーシップ、私たちの出自、そして効率性やレジリエンス、規則遵守などに代表されるスイスの価値観を高く評価しています。

swissinfo.ch:スイスは約30カ国と自由貿易協定(FTA)を締結しており、欧州自由貿易連合(EFTA)に関わるものも多数あります。こうした協定はミクロンにとって重要ですか?

デラヨー:無関税で製品を輸出し、部品を輸入できるため、欧州連合(EU)との協定は非常に重要ですし、ユーロ圏内に下請け業者のネットワークを広げやすくなります。

また、中国など遠い国の顧客は、協定のおかげで輸入関税が低くなります。この引き下げ幅はわずかで段階的ではありますが、それが契約獲得の成否を分ける重要なポイントになることは見逃せません。また、こうした協定は、一般特恵関税制度(GSP、開発途上国の経済発展支援目的で先進国が関税上の特別待遇を与える制度)など類似の制度よりも安定しています。

swissinfo.ch:時計製造業界はミクロン・グループにとって極めて重要な存在です。どう提携していますか?

デラヨー:時計製造業はあらゆる面で卓越した業界です。同時に非常に秘密主義的な業界でもある。当社はごく少数のスイスの主要時計ブランドと長期的な取引関係を築いていますが、その名前を出すことは固く禁じられています。

swissinfo.ch:工作機械を自社製造する時計メーカーもありますか?

デラヨー:パートナー企業と共同して「特注」の工作機械を製造する時計メーカーもありますが、当社製のように複雑な機械は製造しません。

swissinfo.ch:例えば中国の時計メーカーがミクロン製の工作機械を導入すれば、スイス製の高級時計と同品質の製品を製造できるのでしょうか?

デラヨー:それはあり得ません。高性能の工作機械を使うことは、必要条件であっても十分条件ではないからです。

swissinfo.ch:違法な模倣品への対策は?

デラヨー:当社には多くの営業秘密があり、複数の特許も取得しています。特許に記載された詳細をもとに当社製コンポーネントを複製したり、部品を模倣したりすることはできても、当社の製品を完全にコピーすることはできません。当社の製造プロセスを把握しておらず、その最適化に必要な専門知識も持ち合わせていないことが理由の1つです。

編集:Samuel Jaberg 仏語からの翻訳:由比かおり、校正:ムートゥ朋子

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