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「プーチンはスイスの自己満足のおかげで繁栄した」 スイス在住ロシア人作家

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KEYSTONE/© KEYSTONE / MICHAEL BUHOLZER

ロシアの反政権指導者アレクセイ・ナワリヌイ氏(47)が収監先の刑務所で死亡したとの発表を受け、スイスのロシア反体制派の多くが16日、追悼の意を表した。ナワリヌイ氏は、スイスがオリガルヒ(新興財閥)やロシア政権に制裁の抜け道を与えていると繰り返し非難していた。スイス在住の2人のロシア人作家、オレグ・ラジンスキー氏とミハイル・シーシキン氏がswissinfo.chの独占取材に応じた。

「アレクセイ・ナワリヌイ氏はクレムリン(ロシア大統領府)を恐れていなかった。しかし、クレムリンはアレクセイ・ナワリヌイ氏を恐れていた」。自身もロシアの刑務所に収監された経験を持つ反体制派のオレグ・ラジンスキー氏は、歯に衣きせぬ物言いでナワリヌイ氏の死に憤った。「彼はプーチン政権に殺された。政権にとって危険な人物が、卑怯かつ卑劣な方法で暗殺されたのだ。ナワリヌイ氏の死が西側の政治家を目覚めさせるよう願う」

スイス在住のもう1人のロシア人作家、ミハイル・シーシキン氏も思いは同じだ。「ナワリヌイ氏は殺害された。政権は臣民誰一人の反対も許すことができない。人々は黙り、指導者が発するあらゆる言葉に歓喜しなければならない。彼らはナワリヌイ氏を毒殺しようとしたが効果がなかったため、大胆なやり方で彼を処刑した」と語った。

ナワリヌイ氏は2020年8月に毒殺未遂事件で一時意識不明となり、ドイツで治療を受け帰国した2021年1月にロシア当局に拘束され、刑務所に収監された。過激主義を扇動した罪による懲役19年の刑をはじめ、複数の実刑判決を受けていた。2023年12月までに、北部シベリアの刑務所に移送されていた。

ナワリヌイ氏はウラジーミル・プーチン大統領の政権を絶えず批判しただけでなく、スイスにも「腐敗したロシア人が真っ先に向かうところ」だと非難をぶつけた。とりわけスイスがロシアの汚職との戦いを弱体化させていることについて責めた。

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「スイスとは、腐敗したロシア人が真っ先に向かうところ」

このコンテンツが公開されたのは、 ロシアの反政権指導者アレクセイ・ナワリヌイ氏は、汚職を執拗に追跡し、プーチン大統領を激しく批判する。「ロシア政府の立場を後押しするロビーグループがスイスに存在するのは確かな事実であり、汚れたお金に対する関心も見逃せない」と語る。

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独語圏日刊紙NZZ日曜版が2020年に配信したインタビュー外部リンクでは、ミヒャエル・ラウバー・スイス連邦検察庁長官(当時)がロシア検察庁と密接すぎる関係にあると批判した。ロシアの検察総長ユーリ・チャイカ氏の息子アルチョームが「誰にも質問されず」「200万ドルを持ってジュネーブに到着した」アルチョーム・チャイカ事件にも言及した。スイス検察は同事件への深入りを避け、2016年に捜査を打ち切っている。

ロシアの検察総長ユーリ・チャイカ氏の息子アルチョーム・チャイカ氏は、国営企業を非合法に併合したといわれている。これに加え、アレクセイ・ナワリヌイ氏はソーシャルメディアで公開したFBK製作の動画で、チャイカ氏とマフィアとのつながりを指摘。チャイカ氏がスイスで投資したお金は非合法に得られたものだとナワリヌイ氏は推察し、スイスの連邦検察庁と金融監督局に接触した。 ユーリ・チャイカ氏はこれらの疑惑を根拠のないうそだとはねつけ、プーチン大統領はこの動画に「関心なし」とコメント。スイスの連邦検察庁はswissinfo.chの問い合わせに対し、連邦警察局に捜査を委託したと回答した。しかし、マネーロンダリングが行われたという具体的な証拠は見つからなかったという。

ナワリヌイ氏は自身が立ち上げた汚職追及財団外部リンクでもラウバー氏が頻繁にロシアに渡航していたことを明らかにした。こうした関係が「スイスにおけるマネーロンダリングに関する重要な捜査」を妨げていると指摘していた。

スイスの銀行批判で知られるシーシキン氏もまた、同意見だ。「アレクセイ・ナワリヌイ氏と財団が、スイスの銀行に数百万ドルもの資金を提供したロシアの犯罪者を摘発しようとしても、(スイスの)反対に遭うか、良くても無視されてきた。残念ながら、プーチン政権もスイスの自己満足のおかげで繁栄してきた」

プーチン政権批判の急先鋒として国際的に知られたナワリヌイ氏の獄死は、世界中に波紋を広げた。

スイス連邦外務省はX(旧ツイッター)に「スイスは、民主主義と基本的権利の模範的擁護者だったアレクセイ・ナワリヌイ氏の死に落胆している。同氏の死因について調査が行われることを期待している。彼の家族に哀悼の意を表す」と投稿した。

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元ロシア外交官のボリス・ボンダレフ氏はナワリヌイ氏の死について、「(ソ連とロシアのジャーナリストであるウラジスラフ)リスチェフ氏が(1995年に)殺害されたときも、同じような感情を抱いた」とswissinfo.chに語った。ボンダレフ氏は在ジュネーブ国連代表部の参事官で、ロシアによるウクライナ侵攻を受けて辞任した。現在はスイスに住んでいる。

「スイス当局は、腐敗したロシアの指導者たちと親しくしたり、オリガルヒから金を受け取ったりすることを減らすべきだった。そして何よりも、ウクライナにもっと武器を供給すべきだった」

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アレクセイ・ナワリヌイ氏の追悼式および集会は、スイスのチューリヒやジュネーブをはじめ、世界中で開催されている。

「スイス人は、ロシアマネーの臭いをまったく気にしていなかった」

民主主義をどのように教えるかという問いに対する答えはただ1 つ、模範を示すことにある。スイスは、1990年代の若きロシアの民主主義を立ち直らせることができただろうか?答えは「イエス」だ。ロシア国民はスイスのような暮らしを望んでいたが、法の支配下で暮らした経験が歴史的になかった。そして、この欧州を代表する民主主義国家がロシア人に何を示したかといえば、大金が絡むと法の支配は終わりを告げる、ということだった。ロシアの犯罪的な独裁政権はスイスの銀行とスイスの弁護士の支援のおかげで繁栄したのだ。

当時、私は翻訳家で、ロシアからの汚れた金を洗浄するためのスイスの機械がどのように機能しているのか、個人的に観察していた。スイス人は、ロシアマネーの臭いをまったく気にしていなかった。

法の支配は単純だ。法を破れば刑務所に送られる。スイスでは、路面電車の中で財布を盗んだだけでも法が適用されているのを見たことがある。ところが国全体から盗んだとなると、あなたのその数百万ドルは銀行家や弁護士、監督機関の役人たちに歓迎される。

アレクセイ・ナワリヌイ氏と彼の汚職追及財団はこれまで、こういったことに直面してきた。スイスの銀行に数百万ドルもの資金を提供したロシアの犯罪者を摘発しようとしても、(スイスの)反対に遭うか、良くても無視されてきた。残念ながら、プーチン政権もスイスの自己満足のおかげで繁栄してきた。

そしてナワリヌイ氏は殺害された。政権は臣民誰一人の反対も許すことができない。人々は黙り、指導者が発するあらゆる言葉に歓喜しなければならない。彼らはナワリヌイ氏を毒殺しようとしたが効果がなかったため、大胆なやり方で彼を処刑した。

スイスには、国民と全世界に死と不幸をもたらすロシア独裁政権の出現に対し、一定の責任がある。民主主義は単なるしるしではなく、日々の闘いなのだ」

ミハイル・シーシキン氏は 1995 年からスイス在住。2000 年にチューリヒ州のロシア・スイス賞を受賞した。

「アレクセイ・ナワリヌイ氏はクレムリンを恐れていなかった」

「アレクセイ・ナワリヌイ氏はクレムリン(大統領府)を恐れていなかった。しかし、クレムリンはアレクセイ・ナワリヌイ氏を恐れていた。彼はプーチン政権に殺された。ナワリヌイ氏の死が『自然死』であるという議論はどんなものでも受け入れられない。なぜなら、ナワリヌイ氏に対する敵対的な生活環境はここ何年ものあいだ人為的に作り出されてきたからだ。

政権にとって危険な人物が、卑怯かつ卑劣な方法で暗殺されたのだ。ナワリヌイ氏は神経剤ノビチョクで毒殺されかけ、ドイツで治療を受けロシアに帰国すると逮捕され、次々に実刑判決を受けた。彼の拘留条件は厳しくなった。彼は繰り返し精神科病棟に送られ、極限まで検査された。そして彼はそのすべてに耐えた。前例のない、市民的な勇気を持った人物だった。アレクセイ・ナワリヌイは最後まで、すべてに耐えたのだ。

残念ながら、ナワリヌイ氏とは異なり、スイス人を含む西側の政治家は同じことは言えない。プーチンとその手下たちが反政府勢力を破壊し続け、彼らの犯罪に抗議する勇気のある人々を殺害・投獄している一方で、プーチンの西側の『パートナー』たちはロシアの石油、ガス、金属などを購入し続け、ロシア政権の受益者に滞在許可を与え続け、彼らの資金を銀行に保管し続けた。

こうした原則の欠如により、プーチン大統領は全く罰せられず、全能であると感じ、自国民を抑圧した後、ウクライナ国民に対する軍事侵略に移った。

私は、アレクセイ・ナワリヌイ氏の死が西側の政治家を目覚めさせ、悪、つまりプーチンの独裁と侵略に抵抗する強さと勇気を自身の中に見出してくれるよう願っている。アレクセイ・ナワリヌイ氏はクレムリンを恐れていなかった。だからこそクレムリンはアレクセイ・ナワリヌイ氏を恐れていたのだ」

オレグ・ラジンスキー氏はソ連反体制派の作家。「反ソ連の扇動とプロパガンダのため」に5年間、刑務所とシベリアで服役した。釈放後は米国に移住し、現在はスイスと英国で暮らしている。小説作品に「Surinam」と「Random Lives」などがある。2023年9月、同氏はロシア当局から「外国工作員」として告発された。

編集:Virginie Mangin、英語からの翻訳:大野瑠衣子、校正:ムートゥ朋子

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