ナチス元親衛隊員のブラジル入植をスイスが援助、新たな研究で指摘
スイスは第二次世界大戦後、欧州で難民化したドナウ・シュヴァーベン人のブラジル入植を支援した。これは当時最大級の人道支援事業だった。しかし新たな研究により、入植者にナチス武装親衛隊(Waffen-SS)の元隊員らが含まれ、新天地で自由を得ていたことが指摘されている。
第二次世界大戦の直後、欧州から大西洋を渡ってブラジルに至る約1万キロメートルの旅は、長く、大金を要する難事だった。しかし、この航海で再起を図る人々もいた。1951年から同国に入植した約2500人のドナウ・シュヴァーベン難民だ。ドナウ・シュヴァーベン人はドイツ系でドイツ語を話し、当時のユーゴスラビアで世代を超えて暮らしていた。だが、一部がドイツのナチス政権に協力し、戦後は報復や財産の没収、追放の標的となっていた。
一方、ブラジル行きを選んだドナウ・シュヴァーベン人には「再起を図る難民」という言葉で捉えきれない面もあった。戦争犯罪や人道に対する罪に関与した部隊を複数抱えるナチスの準軍事組織、いわゆる武装親衛隊(Waffen-SS)の元隊員が少なくとも16人含まれていたことだ。元隊員らは自力で渡航したわけではなく、難民入植地を創設する人道事業の恩恵を受けていた。行き先はブラジル南部パラナ州の内陸部。事業はカトリック教会やNGO、スイス連邦政府の資金で行われ、スイスが主導していた。
スイスの歴史学者で、自国とナチスドイツの関係を専門とするペーター・フーグ氏は「ナチスの戦争犯罪者が『ラットライン』(と呼ばれる逃走経路)を通じて欧州を逃れていることは、当時知られていた。渡航者にナチスの親衛隊員がいるのも明らかだった。それなのに、誰も疑問の声を上げなかった」と語る。同氏は5月刊行の自著「Humanitäre Hilfe der Schweiz für SS-Kriegsverbrecher(仮訳:SS戦争犯罪者へのスイスの人道援助)」で、この出来事を明らかにしている。
同書はブラジル入植者に武装親衛隊の元隊員がいた事実を示すとともに、スイスの人道支援団体や政府機関がその渡航を後押しした経緯や状況を説明している。
「スイスはドイツの(ナチス)政権ととても密接な関係を続け、カトリック教会はナチスの犯罪に正式な抗議を全くしていなかった。その後、ドナウ・シュヴァーベン人によってスイスとバチカンに難民の守護者という自己像を示す好機がもたらされた。そこに犯罪者がいるという事実は、さほど重要ではないとみなされた」(フーグ氏)
入植地のエントレ・リオス(Entre Rios)にも問題があった。割り当てられた土地には農園があり、すでに原住民と白人の血を引く人々や黒人たちが暮らし、働いていたことだ。入植地指導者らがドイツ文化の優越性を信じ、守ろうとする一方、そうした既存住民は新たな社会構造の中心から退けられていった。
スイスの事業となった経緯
入植事業が計画されたのは、終戦からわずか数年という時期だ。オーストリア・カトリック教会とバチカンの代表らがドナウ・シュヴァーベン人の一団と調整を行い、話が具体化した。この一団は、クロアチアの民族主義勢力ウスタシャが1941〜45年に運営したファシスト傀儡国家とつながりがあった。
フーグ氏によれば、構想の出所はドイツと近い関係にあったクロアチアの司祭らと、当時のザルツブルグ大司教、アンドレアス・ロアラハーだった。ロアラハーはオーストリア・カトリック教会の有力者で、1934〜38年に同国を統治した権威主義的なカトリック保守体制、オーストロファシズムと近かった。
こうした人々が1945年以降、「ドイツの文化的優越性という思想を敗戦後も保全し得る場所」(フーグ氏)として、ドナウ・シュヴァーベン人向けの閉鎖型入植地の創設を望んでいた。
その計画を勢いづけたのが、スイスのルツェルンを拠点とするカトリック系人道援助団体カリタス・スイスの関与だった。フーグ氏によると、同団体には重要な強みがあった。世界中で活動するカトリック団体ネットワークの一員として、さまざまな国への働きかけが可能だったことだ。同氏の言葉を借りれば、ドナウ・シュヴァーベン人のブラジル入植は「2大陸での世界的連携が必要な大事業」だった。 しかし、事業はついにカリタスの能力を超える規模となり、西ドイツやオーストリアで活動していた緊急支援団体、スイス欧州援助(SEH)が1950年に引き継いだ。スイス連邦政府に近く、開発協力財団のスイスエイド(SWISSAID)へと発展する組織だ。この移管でスイスの外交力や資源が事業に加わり、当局がより直接的に活動に関与するようになった。
フーグ氏の分析によると、変化は所管にとどまらず、入植はスイスの人道上、外交上、経済上の利害を結合させる事業になった。
エントレ・リオスの運営は、1951年に新設されたアグラリア・コーポラティブを中心に行われた。この入植地の組織づくりと定着支援を目的とする農産業協同組合だ。初代会長にはクロアチアの親ナチス国家ウスタシャでドイツ系経済団体を率いていたミヒャエル・モーアが就任。入植先と入植者第1陣の選定に影響力を持った。
入植地と集合的記憶
パラナ州の中西部州立大学(ウニセントロ)のメリ・フロッチャー教授(歴史学、ドイツ系移民研究)は「(入植者らは)第二次世界大戦中、ドイツ側で積極的に戦争に加わり、戦後は難民や無国籍者となって欧州で暮らしていた。ここで特筆すべきは、家族とともにエントレ・リオスに送り出された成人男性の一部が、武装親衛隊員として参戦していたことだ。それでブラジル入国が阻まれたりはしなかった」と語る。
ブラジルは19世紀に始めた農業労働力としての欧州移民の誘致を戦前・戦中に停止したが、終戦後に再開。スイスによるドナウ・シュヴァーベン人の入植事業は、その時期に行われた。渡航者はブラジル側の政策に合わせ、難民としてだけでなく、熟練農業者として当局に紹介された。
ブラジルでは1964年、クーデターを経て右派軍事政権が発足した。フーグ氏によると、新政権はエントレ・リオスにおけるドイツのアイデンティティーの再評価に好意的で、元ナチス党員を文化イベントに招待したり、博物館やドイツ語ラジオ放送を開設したり、ドイツ系入植者を模範とする見方を広めたりした。
軍事政権が入植者と思想的に近かったため、ナチス協力者らは躊躇なく身元を明かせるようになった。この変化はドナウ・シュヴァーベン人の集合的記憶を構築する取り組みにつながり、自分たちがバルカン半島から排斥され、ブラジルに新たな故郷を築いたことを強調する書籍や博物館、広報物が制作・設立された。
フロッチャー氏は、ドイツ人を被害者とする記憶の構築・保全を図る動きを理解する上で、入植者に武装親衛隊の元隊員がいた事実は重要だと指摘する。同氏によれば、1980年代には元親衛隊将校のヤコブ・リヒテンベルガーへのインタビューが行われ、地元博物館で保存されるだけでなく、ホロコーストの記憶が世界に広まる中で「大戦の記憶を政治化する手段」として地元紙に掲載された。
州当局の既存住民の周縁化
パラナ州政府はエントレ・リオス創設に当たり入植者に割り当てる農地を接収したが、その場所では原住民と白人の血を引く人々や黒人がすでに暮らし、働いていた。フロッチャー氏は接収を行ったのが州政府であることと並び、「欧州の機関」が州政府と交渉しながら入植を指揮していたことを指摘する。
アグラリア・コーポラティブは自らの活動を産業化し、最終的に既存住民の多くを労働者として雇用した。一方、入植地について語られる歴史において、その存在にはわずかな関心しか払われていない。パラナ西部州立大学(ユニオエステ)のマルコス・ネストル・シュタイン教授(歴史学)によれば、奴隷だった人々の子孫が元の土地所有者から農地を譲り受けたと主張し、入植地拡大を進めるアグラリア・コーポラティブとの争いも起こった。
そのアグラリア・コーポラティブは現在、農業・農産物加工の地域大手となっている。2025年の売上高は80億ブラジルレアル(約2400億円)。大豆、トウモロコシ、小麦、大麦の栽培や、モルト、小麦粉、家畜飼料、種子の生産、さらには地元教育・文化・医療機関への支援も手がけている。
広がる再検証
フーグ氏はエントレ・リオスをめぐる研究成果について、個別の人道事業の問題を暴くだけでなく、スイスが第二次世界大戦に関する自らの記憶を構築・保全した方法に反省を迫るものだと主張する。
同氏は「私たちは中立だ。私たちは人道的だ。私たちは世界最高だ」と皮肉を込めてそう語り、スイスが「混沌とした世界における平和の島」であるかのような言説は「誤りだ」と断じる。
70年余りが経った今、再評価は事業に携わったスイスの援助団体にも及び始め、エントレ・リオスの創設などがスイスや現地住民に与えた影響も検証されようとしている。
スイスエイドはスイスインフォの取材に対し、現地住民の視点はほとんど再検証されていないと認め、当時の出来事に対する住民側の認識を学ぶため子孫を探していると表明した。
同団体はまた、歴史の再検証は人道団体にとどまるべきではないと主張する。「南側の視点で一連の出来事がどう語られるかは、まだ分からない。願わくは、歴史のこの部分と折り合いをつけることについて、(スイス政府に)関心を持ってもらいたい」
カリタス・スイスも事業に重大な欠陥があったと認めている。入植者の選定で個人の経歴確認は行われなかったとし、人道のための資金が武装親衛隊員のために使われたことに遺憾の意を示している。
同団体は入植が既存住民に及ぼした影響への批判的分析も示し、その権利やニーズが計画段階で考慮されていなかったと指摘。欧州移民による閉鎖的な入植地の創設は植民地主義の論理に根差した事業であり、今日では人道援助が意図と逆の効果をもたらし得ることの警告になっていると説明している。
スイスインフォはアグラリア・コーポラティブにも見解を尋ねたが、返答はなかった。
Edited by Virginie Mangin/ts 、英語からの翻訳:高取芳彦、校正:大野瑠衣子
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