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ガソリン車で「そのまま」使える合成燃料 脱炭素化に向けスイス科学者が出した答え

スイスの化学技術者アレッシア・チェザリーニ氏が手掛けるドロップイン燃料は、既存の内燃エンジンやインフラをそのまま使えるうえ、環境にも優しい
スイスの化学技術者アレッシア・チェザリーニ氏が手掛けるドロップイン燃料は、既存の内燃エンジンやインフラをそのまま使えるうえ、環境にも優しい Michele Andina / SWI swissinfo.ch

内燃エンジンをなくさなくても、脱炭素化は実現できるかもしれない。スイスで開発が進む合成燃料は、既存のエンジンや給油インフラをそのまま利用できるのが最大の特徴だ。電動化だけに頼らない新たな選択肢として、世界の注目を集めている。

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チューリヒ近郊の自治体デューベンドルフにあるスイス連邦材料試験研究所(Empa)の研究室は、まるで迷路のようだった。配管や自作モジュールが至る所に張り巡らされ、機械音が静かに響いている。スイスの化学技術者アレッシア・チェザリーニ氏が見せてくれたのは、同氏が2年かけて研究した合成燃料(e-fuel)製造装置の試作品だ。この技術を早急に事業化し、従来の化石燃料に代わる実用的な選択肢を提供したいと話す。

「内燃機関システムは、今も広い範囲で使われています。そのため、地元で生産できて、より環境負荷の少ない解決策を提供するために研究を始めました」と説明する。

スイスでは、運輸部門外部リンクがエネルギー由来の二酸化炭素(CO2)排出量の47%を占め、世界平均の25%を大きく上回る。あるスイスの研究外部リンクによると、2040年の時点で内燃エンジンを搭載した車は国内で約200万台走っていると予測される。またブルームバーグ外部リンクの予測では、2040年になっても世界全体で自動車の55%が内燃機関を搭載しているという。車だけではない。航空部門のように切り替えが難しいセクターでは、再生可能燃料の導入なしに長期的な脱炭素化は望めない。

チェザリーニ氏の考え方はシンプルだ。「私たちの目標は、既存の乗り物やインフラをそのまま使って、かつ環境面・経済面の両方で持続可能な解決策を実現することです」

合成燃料の研究は、中国を始め米国、欧州を中心に急速に拡大している。グローバル経営コンサルティンググループSIAの「国際合成燃料動向報告書2025年版」外部リンクによれば、世界28カ国で120件以上の大規模プロジェクトが進行中だ。この分野はまだ初期段階にあり、研究も一部の地域に限られているものの、すでに基礎的な研究から産業向けの実証プロジェクトへと移り始めている。

そんな中、スイスは革新的な化学技術を用い、CO2とグリーン水素から排出量の少ない燃料を生み出す研究拠点としての足固めを進める。チェザリーニ氏が着目したのは、既存の設備で「そのまま」利用できるドロップイン燃料の開発だ。次のステップでは、航空分野への展開も視野に入れる。この分野において、スイスでは航空燃料そのものや、太陽エネルギーから液体燃料を作る「サン・ツー・リキッド」と呼ばれる技術の開発を進める研究者も数多い。

レゴのように炭化水素を組み立てる

研究室で、チェザリーニ氏は黄色っぽい液体の入ったフラスコを2本手に取り「違いが分かりますか」と尋ねた。どちらもガソリン特有の刺激臭がする。しかし、1つは通常のオクタン価95のガソリンで、もう1つは同氏が開発した合成燃料だ。

この技術の中核にあるのは、複数の分子を結合させて化合物を作る「オリゴマー化」と呼ばれる化学反応だ。この反応では、エチレンやプロピレン分子を、通常のガソリンによく似た液体燃料へと変換する。この方法はジェット燃料に使われるケロシンの製造にも応用できるため、将来的には航空燃料への展開も見込めるという。

仕組みはこうだ。まず植物やバイオマスなど生物由来の資源、あるいは大気中からCO2を回収し、それをメタノールやエタノールなどのアルコールに変換する。次に「脱水」と呼ばれる一般的な方法で水分を除去し、エチレンとプロピレンへ変換する。

次にこれらのガスを反応器へ送り込み、触媒を使って分子を一度分解し、長い炭化水素に組み立て直す。すると自動車や航空機、その他の機械でそのまま利用できる合成燃料が完成する。

このプロセスの要は、この触媒だとチェザリーニ氏は言う。化学反応を促進させて製造工程を効率化し、エネルギー消費を抑えるうえで重要な役割を果たす。

「私たちが扱っているのは、とても小さな分子です。これは小さなレゴブロックに例えられます。レゴでは、小さなブロックを組み合わせて特定の形を作りますね。燃料作りも同じです。小さな分子を組み合わせて、設計通りの長い分子の混合物を作る。この組み立てを正確に行うのが、特殊な触媒です」

秘密の材料

その触媒こそが、秘密の材料だ。詳しい内容は明かせないが、この触媒は他の触媒とは異なり、分子を組み合わせ、あらかじめ設計した性質通りの燃料を作り出す力がある。そして出来上がった合成燃料は、既存の設備でそのまま利用できるという。

これは他社との競争において、非常に大きな強みだとチェザリーニ氏は話す。独立機関による複数の試験では、同氏の合成燃料はすでに標準的な無鉛ガソリンの重要な測定指標であるリサーチ法オクタン価(RON)95を達成した。初期の試算では、工業規模で生産できるようになれば、化石由来のガソリンと価格的にも十分張り合える可能性が示された。

チェザリーニ氏が開発した合成燃料は、独立機関による試験で、標準的な無鉛ガソリンの基準となるリサーチ法オクタン価(RON)95を達成した
チェザリーニ氏が開発した合成燃料は、独立機関による試験で、標準的な無鉛ガソリンの基準となるリサーチ法オクタン価(RON)95を達成した Michele Andina / SWI swissinfo.ch

「高額な設備改修は必要ありません。化石燃料をこの合成燃料に置き換えるだけで、エンジンは従来どおり動きます」と説明する。

Empaもこの燃料を気候に優しい燃料に位置づけているが、正確な排出量データは現在分析中だ。

「どの原料を使うかによって、排出量は理論上、100%削減できます。より現実的には、90~95%程度に収まるでしょう」と語る。

ドイツの燃料研究の第一人者ヨルク・ザウアー氏外部リンクは、チェザリーニ氏のプロジェクトを「非常に意義がある」と評価する。オリゴマー化をめぐる近年の研究は、持続可能な航空燃料に重点を置いているが、「ガソリン系燃料は今後も長い間、必要であり続ける」とスイスインフォに語った。

カールスルーエ工科大学(KIT)の触媒研究・技術研究所所長を務めるザウアー氏は同時に、厳しい品質管理が欠かせないと強調した。

まずは森林業でスタート

チェザリーニ氏は、連邦工科大学チューリヒ校(ETHZ)で持続可能な化学品や航空燃料の研究プロジェクトに携わったことがきっかけで、合成燃料の研究を始めた。航空燃料は世界共通の厳格な認証制度を満たさなければならず、導入まで10年以上かかることも珍しくない。そのため、まず認可が比較的早く、各国が自国の制度に応じて承認できる自動車向け燃料の実用化へと戦略を転換した。

同氏の研究室の廊下を少し進むと、さらに大型の試験装置が稼働していた。ここでは年間約1万リットルの合成燃料を生産できる。

スイス南部ティチーノ州出身のチェザリーニ氏は、現在Empaの起業家フェローシップの支援を受け、事業規模の拡大とスタートアップ企業の立ち上げを進めている。

「博士課程の研究が、そのまま会社になってしまった」と笑う。「まるで新しい言語を学ぶような(未知の)体験です」

この持続可能な燃料の最初の使い道には、森林業を想定している。この分野は必要量が比較的少なく、使用環境も限定されるため、市場での実証実験を行いやすい。本格的な産業供給も視野に入れ、まずは次のステップで生産量を年間100万リットルまで拡大したい考えだ。

待ち受ける「未知の未知」

新燃料を商業的に供給できる規模まで増産することは、非常に高いハードルだとチェザリーニ氏らは認める。

Empaでエネルギー・モビリティ・環境部門長を務めるナタリー・カサス氏外部リンクは「規模を拡大すると、それまで想定していなかった多くの問題が発生する可能性があります。『未知の未知』と呼ばれるものです」と話す。

ザウアー氏も同じ見解を示し、次の実証プラントでは、使う原料や最終的に作りたい燃料の成分をはっきり決めたうえで、生産プロセスと一体化して運用すべきだとした。そうすることで、運転条件と品質との兼ね合いを直接比べて評価できるようになる。

また、大規模生産には数千万フラン(数十億円)規模の投資が発生するだろう。幸いチェザリーニ氏のスタートアップは、すでに実用化されている化学プラント用反応器を利用できるため、一部のコストは抑えられる。

「世界には、このような環境技術への投資に意欲的な投資家が数多くいます。しかし世の中は常に変化しており、資金調達の環境は以前より厳しくなっています」とカサス氏は認める。

同氏が考えるスイスの役割は、こうした技術を開発し、世界へ輸出することだ。「スイスの強みは、革新技術の開発と、それを世界へ販売できる企業の存在です。燃料問題は一国だけにとどまらない、世界的な問題です。燃料の脱炭素化に向けてスイスが世界に貢献できれば、私たちも非常に大きな価値を提供できます」

ザウアー氏も同意し、「世界トップレベルの優秀な基礎研究を実用化に繋げる力」によって、スイスがこの分野で技術的な優位性を築くチャンスだと述べた。

厳しい競争環境

今後の課題は多いものの、チェザリーニ氏は需要も投資家も必ず集まると確信する。今は持続可能性だけでなく、エネルギー安全保障も興味を引く追い風となっているためだ。この傾向は、国際エネルギー機関(IEA)外部リンクでもたびたび指摘されている。

「化石燃料の代わりを見つける緊急性はますます高まっています。そのため業界や市場関係者は、合成燃料が今後どこまで発展するのか、またどのような協力関係を築けるかを探っています」(チェザリーニ氏)

では、同氏が開発した気候に優しいガソリンは、いつになったらスイスのガソリンスタンドで買えるようになるのか。

「できるだけ早く実現したい」とチェザリーニ氏は話す。目標は、今すぐにでも排出量を削減することだという。「こうしている今も、給油のたびに化石燃料が使われています。それを変えたいのです」

編集:Gabe BullardVeronica De Vore、英語からの翻訳:シュミット一恵、校正:宇田薫

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