必見!スイス最恐スポット「子喰い鬼の噴水」
スイスの首都ベルンには「子喰い鬼の噴水」と呼ばれる噴水がある。もし子連れでこの街を訪れるなら、この場所は避けたほうが無難かもしれない。
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噴水と聞くと、どんなイメージが浮かぶだろう。流れる水の音、キラキラと輝く水しぶき。風水的に見ても、噴水は住環境における重要な要素とされる。
だがベルンの「子喰い鬼の噴水」を見た瞬間、そんな癒しのイメージは一瞬で吹き飛ぶだろう。
ベルンの旧市街にあるこの噴水には、裸の子どもを頭から丸呑みしている鬼の柱が立っている。足元の袋には、何と次に食べる子どもたちが入っている。そこには平和や安らぎなど微塵もない。この鬼はルネサンス時代の偶像で、子どもを怖がらせ大人しくさせるための狼男のような存在だ。
子喰い鬼の噴水は1545年頃、フリブール出身の彫刻家ハンス・ギエンによって作られた。今ではベルンに来る観光客が最も多く訪れる史跡の1つで、街のシンボルの時計塔「ツィットグロッゲ」から歩いてすぐのコルンハウス広場にある。
この噴水の持つ意味には諸説ある。ベルン観光局「ベルン・ウエルカム外部リンク」の公式サイトでは、一番それらしい理由に「子どもを怖がらせて大人しくさせるための教育手段」を挙げている。
特徴的な帽子がカギ
確かにそう考えることもできるが、話はもう少し複雑だ。この像は、仮装行列や楽団が街を練り歩くファスナハト(カーニバル)関連の道化師だとする説もあるのだ。
だが1529年の宗教改以降、ベルンではカーニバルが禁止されていたため、この説はあまり説得力がない。
もう少し妥当な解釈は、この鬼がギリシャ神話の神クロノス(ローマ神話ではサトゥルヌス)を指すという説だ。「後に息子に王座を奪われる」という予言を恐れたクロノスは、生まれてくる自分の子どもを次々に飲み込んだ。子どもたちは不死身だったため、殺すに殺せなかったのだ。
この説を後押しするのが、子喰い鬼がかぶっている帽子だ。ドイツの画家ゲオルク・ペンツが1530年頃に描いたサトゥルヌスの絵を見ると、確かによく似た帽子をかぶっている。独ニュルンベルクの木版画(1492年)でも同じような帽子が確認できる。
そしてもう1つ、見落としてはならない要素がある。かつて欧州各地のユダヤ人は、円すい形(大半は黄色)の帽子を着用するよう義務づけられていた。この決まりは中世後期に至るまで何世紀も続いたという。子喰い鬼の帽子は、その帽子に酷似しているのだ。
つまりこの噴水は、キリスト教社会における反ユダヤ主義を表した像だという説がかなり有力になってくる。
「血の中傷」というデマ
ベルンの人喰い鬼の噴水は、ユダヤ人に向けられた数ある偏見の中でも、特に悲惨なものを象徴している。
この偏見は「血の中傷」と呼ばれ、主に復活祭の頃、ユダヤ人が闇の儀式のためにキリスト教徒の子どもを殺し、その血でパンを作るというものだ。全く根拠のない作り話だが、12世紀頃の中世に広まり、近代に入ってからも根強く残っていた。
この誤った言い伝えは、ベルンにも影を落とした。1294年、ルドルフという名の少年を殺して磔(はりつけ)にしたとして、ユダヤ人2人が告発された。少年は後に公カトリック教会から徳の高い生涯を送った福者として正式に認められたが、この事件をきっかけにユダヤ人に対する激しい迫害が始まった。
何も役人は、本気で儀式殺人を信じていたわけではない。訴えられた2人が罪を犯したとも思っていなかっただろう。だがこの事件を利用して、体よく街に住むユダヤ人を全員追放した。その裏には、彼らに対する借金を踏み倒すという狙いもあった。
そして近年、この噴水は再び議論の的となる。2020年7月、作家のロイ・オッペンハイム氏は市当局に宛てた公開書簡外部リンクの中で、「ベルン市はこのモニュメントの歴史的背景をきちんと言及した上で、噴水が持つ明らかな反ユダヤ的な側面から一線を画すべきだ」と訴えた。
市はこの要望を受け入れ、2024年に噴水前の案内板を更新外部リンク。それまで触れられていなかった反ユダヤ的な解釈が、初めて説明書きに加えられた。
とはいえ、まだ字が読めない子どもにとって、子喰い鬼は今も昔も「恐ろしい警告」だ。いい子にしていなさい、そうしないと…。
独語からの翻訳:シュミット一恵、校正:宇田薫
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