スイスの人口制限イニシアチブが残した6つの教訓
右派・国民党が提案した「人口1000万人のスイスに反対」イニシアチブ(国民発議)は14日の投票で、54.8%の反対で否決された。一方で、この国が抱える課題も浮き彫りにした。
おすすめの記事
ニュースレターへの登録
1) 反対派はブレグジットへの不安を利用した
イニシアチブは、スイス国外でも大きく注目された。理由は明白だ。先進国はどこも、経済的ニーズ、人口高齢化、そして国民の真っ当な懸念をふまえた移民政策を策定するという、同じ課題に直面しているからだ。
おすすめの記事
スイス有権者、人口1000万人制限案を否決
この反応は、イニシアチブが人口に上限を設けるという前例のないものであったことにも起因している。右投票日前の論戦期間中、国民党の努力も虚しく、この提案が持つ根本的な過激さを払拭することはできなかった。
歴史的に見ても、中国の一人っ子政策のような人口抑制政策が成功例として評価されるケースはほとんどない。ベアト・ヤンス法務相率いる反対派は、この点をうまく利用した。
反対派は、欧州連合(EU)との「人の移動の自由」協定を終わらせた唯一の先例にも言及した。偶然にも、スイス国民が人口上限案に投票したのは、英国のEU離脱(ブレグジット)の国民投票が行われた日からほぼ10年後の同じ日だ。英国では、EU離脱が移民の代替効果や広範な政治的不満を招いた。
人口上限案が可決されれば、スイスでも同様の結果、特に永住目的の移民から国境を越えて通勤する労働者への移行が起こると予測する人もいた。スイスの国境州におけるこの極めてデリケートな問題は、国民党の提案では取り上げられなかった。 確かに、比較は必ずしも妥当とは限らない。しかし、同党は「スイス型ブレグジット」への懸念を十分に払拭できなかった。
おすすめの記事
「人口1000万人」上限案はスイス版ブレグジットなのか
2) 有権者は欧州との安定した関係を優先した
国民党は「人の移動の自由」協定に狙いを定め、EU政府との距離を再び広げようとした。国民党は協定の破棄はあくまで「最後の手段」であると繰り返し強調したが、有権者はそのリスクを十分に認識していた。
この投票は、迫りくるもう一つの大きな政治的闘争の予兆となった。2028年までに、スイスとEUの関係を安定させ深化させることを目的とした一連の協定である第3次二国間協定について国民投票が行われる。最終的な決定権を持つのは有権者だ。
今回のイニシアチブが可決されれば、EU政府に悪い印象を与えることになっただろう。しかし、投票前の世論調査によると、国民の大多数は二国間協定の維持を望んでいた。これは、25年前から続くEUとの二国間関係を継続していく意向のスイス連邦政府にとって、心強いニュースとなった。
地政学的な状況は、EUにとって有利に働く可能性がある。EUは今や、中国や米国よりもはるかに信頼できる、望ましい同盟国と見なされている。この現象は、国民党の「大量移民反対」イニシアチブが僅差で可決された2014年当時とは必ずしも一致しない。明確な支持表明がない中で、今回の投票はスイス国民の多くがこれまで以上に対EU関係の重要性を認識し、安定させたいという願望も示している。
おすすめの記事
2026年6月14日の国民投票結果
3) 国民党の真の狙いは移民割当制への回帰
国民党は、このイニシアチブをスイスの生活の質を維持するための解決策として提示した。同党はこれをより広範な社会的選択として位置づけ、環境面からの論拠も挙げてその主張を裏付けた。
しかし、有権者の大多数はこれを受け入れなかった。論戦期間中に掲げられた牧歌的な風景のイメージの裏で、別の思惑が形作られつつあった。国民党は「悪い」外国人と「良い」外国人を区別しようとしていた。一方で、非生産的とみなされる難民申請者や家族呼び寄せによる移民を制限しようとした。
他方、経済が必要とする時に働きに来て、その後再び出国していくことが期待される人々、つまり「良い外国人」の入国を規制しようとした。言い換えれば、その目的は、20世紀後半のスイスで広く知られていた、移民数を経済のニーズに合わせて調整できる「割当制度」への回帰にあったのだ。
この提案は、2014年の国民投票で可決された「大量移民反対イニシアチブ」の実施が骨抜きにされたことへの党の長年の不満が根底にある。しかし、1970年代の「良い外国人」の解決策をそのまま適用することはもはやできない。欧州の状況は大きく変化し、かつて「良い外国人」の多くを占めたポルトガル人、イタリア人労働者は自国でより良い雇用機会を得られるようになり、もはやどんな犠牲を払ってでもスイスに来ようとはしなくなった。
さらに、スイスは人道主義の伝統を堅持しており、難民政策において完全に独立した行動をとることはできない。
4) 2027年総選挙に向けた予行演習
約1500万フラン(約30億円)――これは賛成・反対両陣営が今回の論戦期間中に投じた額としては過去最高だ。2027年の連邦議会選挙まであと1年強という時期に、これは今期議会で最も重要な政治闘争となった。
生活の質、移民、そして国家主権――国内最大政党としての地盤固めを狙う国民党は、スイスモデルの根幹に触れる政策を打ち出した。
同党は論戦ポスターでは比較的穏健なトーンを採用したが、ソーシャルメディアや全国の家庭に配布したビラでは、感情を煽り、議論をあおろうとした。その狙いは、移民がインフラに与える負担といった事実に基づく議論で中道派の有権者を説得すると同時に、排外主義的で扇動的なレトリックを用いて支持者を結集させることにあった。
一方、経済団体や自由主義右派は、外国人労働者の受け入れを制限すればスイスの競争力と繁栄が損なわれると警告した。左派の批判者たちは、国民党の「二重基準」を指摘した。同党はインフラの逼迫や移民労働者との競争を非難する一方で、議会では手頃な価格の住宅、最低賃金、公共交通機関への投資といった施策には繰り返し反対票を投じてきたからだ。
相反する不安が渦巻くこの戦いにおいて、他の政治勢力に孤立無援で立ち向かった国民党は、この戦いには敗れた。しかし、より広範な政治闘争においては敗北を喫したわけではない。2000年代初めから成功を収めてきたように、国民党は移民問題という彼らの看板政策に回帰することで、2027年の総選挙に向けて巧みに自らの立場を確立した。
5) 在外スイス人はほぼ無視
国外に住むスイス国民は、今回の論戦でほとんど考慮されなかった。
もっとも、2024年3月3日に行われた年金受給額の増加を求める「13回目の老齢・遺族年金支給」イニシアチブに関する国民投票の際のように、在外スイス人が特に標的にされたわけではなかった。当時の投票前には、彼らは「自分勝手」「ただ乗りしている(フリーライダー)」と批判されていた。
しかし今回は、伝統的に在外スイス人との結びつきが強い国民党が、その存在を単純に見落としていた。
公平を期すために付け加えると、国民党は後に、実施法案でこの問題に対処することを約束し、状況を是正しようとした。また、スイス国民は憲法で保障された「スイスに帰国する権利」を常に保有していると強調した。
しかし、この見落としは示唆に富んでいる。スイスの最大与党である国民党は、人の自由な移動を主に一方通行、つまり外国人がスイスに来て働くことを可能にする仕組みとしか捉えていない。
彼らは逆方向、つまりこの制度が欧州連合加盟国への移住を選択する約50万人の潜在的な有権者に利益をもたらしているという事実を見落としている。
おすすめの記事
「人口1000万人に反対」案、スイスで6月国民投票
6) 人口増加は引き続き重要課題
僅差の投票結果は、いくつかの根底にある懸念を国民党がくみ取ったことを示唆している。賛成が約45%に上ったことは、それだけの有権者が国の急速な人口増加に対する不安を表明したことを意味する。手頃な価格の住宅不足、過負荷状態のインフラ、そしてスイスが変化しているという感覚――これらの問題は、現実のものであれ認識上のものであれ、国民の大部分の日常生活に影響を与えている。
このイニシアチブは、少なくともこれらの問題に世間の関心を引いたという点で意義があるだろう。これらの問題が姿を消すことはない。今後は政治家たちがそれらに取り組んでいく必要がある。
スイスの人口は今世紀半ばまでに1000万人を超える見込みだ。「人口増加率が極めて低い」という実現可能性の低いシナリオでも、900万人以上で安定すると予測されている。
この国は今後も移民に頼り続けるだろう。当局や人口統計学者は、建設業や医療などの分野ですでに顕著になっている外国人労働者の需要が、高齢化に伴い間もなく深刻化すると指摘し続けている。年金財源を支えるためには、社会保険料を納めてくれる新たな労働者が必要となるのだ。
こうした広範な変化には、適切な支援、すなわち、個々の状況に合わせた計画策定、投資、そして統合策が必要だ。そうでなければ、スイスは今後も窮屈さを抱え続け、その不満を移民にぶつけていくことになるだろう。
おすすめの記事
編集:Mark Livingston、英語からの翻訳:宇田薫、校正:大野瑠衣子
JTI基準に準拠
swissinfo.chの記者との意見交換は、こちらからアクセスしてください。
他のトピックを議論したい、あるいは記事の誤記に関しては、japanese@swissinfo.ch までご連絡ください。