届かない食料と始まらない再建―ガザ在住記者が見た停戦9カ月目の実情
パレスチナ自治区ガザで停戦が発効して7月10日で9カ月。現地の人々は依然として平和をつかめていない。住民の基礎的ニーズを満たすこともままならず、食料の配給待ちの列や給水車、破れたテントがいまだに日常を象徴している。ガザ在住の筆者が南部ハンユニスのマワシ地区などにある避難民キャンプを取材し、今も生きるだけで精一杯の状況や、再建への移行が始まらない現実を報告する。
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筆者は6月中旬の午前、自分が暮らす避難民キャンプを出て、友人や親戚が身を寄せる別のキャンプに向かった。皆の近況を知るためだけでなく、何カ月も心を占める問いに答えを出すためだ。人道支援がガザに入っているのなら、なぜ日々の生活が苦しいままなのだろうか。
最初は友人のアフメドを訪ねた。再会は数週間ぶりだ。多くのガザ住民と同じく、アフメドも家族と仮設テントで暮らしている。母親によると、アフメドは食料配給所となっている地域共同の調理場「タキヤ」に出かけたらしい。教わった方向に数分歩くと、近くの広場に着いた。数十人が空の鍋を手に集まり、混み合っている。
アフメドは離れた場所から筆者を見つけてくれた。話によると、一家はまだかなり、タキヤで調理・配給される食事に頼っているという。しかし、そのタキヤでも、避難民全員の必要を満たせるだけの食料は提供されていない。アフメドは以前アズハル大学で英文学を学んでいたが、こうした事情の下、今は配給を待つ数百人の列に並んでいる。
配給が始まり、群衆が前方に押し寄せる。うまく皿いっぱいの米飯を受け取る人もいれば、手ぶらでタキヤを去り、落胆とともに無言でテントに戻る人もいる。その瞬間、筆者の心に不満が湧いた。こんな光景、停戦後には消え去ると思っていた。それがまだ、毎日繰り返されているなんて。
人道支援が入ってきているのなら、なぜ今も食料をもらえない人がいるのか。配給を運営する職員に尋ねると「食品が手に入るかどうかだけでなく、届き方が不定期なことが問題だ。供給が遅れた時や、イスラエル当局が物資の搬入を制限したり、遅らせたりした時は、配れる食事は少なく、小さくなる」という答えが返ってきた。
イスラエル当局はガザへの食料支援が越境する際、発送分ごとに長い手続きや制限を課している。そこでの遅れはすぐさまタキヤに反映され、日々の糧を配給に頼る数千人に影響が及ぶ。職員は「皆に配れないことが事前に分かる日もある」と言った。
水と薬は足りず、テントはつぎはぎだらけ
ガザには大量の物資が必要だ。国連世界食糧計画(WFP)によると、食料支援に頼る住民は約160万人に上り、ガザの人口の大半を占める。国連人道問題調整事務所(OCHA)は、ガザで温かい食事の提供能力の低下が続いていることや、稼働中の調理施設が減少していること、物資の定期配送の困難が常態化していることを報告している。国際NGOセーブ・ザ・チルドレンは、ガザの子どもの80%が壊滅的な飢餓に襲われていると警告する。
ガザ住民は食料以外にも多くを援助に頼っている。筆者はアフメドと別れ、その日のうちにユセフを訪ねた。技術者になることを長年夢見ている友人だ。給水車のクラクションが繰り返しキャンプに鳴り響くと、ユセフは躊躇なく会話を中断した。「すぐに戻る。配る水がなくなる前にジェリ缶を満杯にしないと」
筆者はユセフの後をついていった。何分もしないうちに、ジェリ缶やプラスチック容器を手にした数十人が給水車の周りに集まってくる。容器を満たそうと必死になる様子には、水の供給が尽きることへの恐怖がにじんでいた。いつもこうなのかと給水員に尋ねると、次のような答えが返ってきた。
「ああ、毎日だ。戦争中、イスラエルがインフラを9割くらい破壊した。そのイスラエルが再建作業を制限したり、邪魔したりするせいで、今も修繕が遅々として進まない。だから、家を追われた住民の8割以上が給水車に頼っている」
水は飲料用以外にも不可欠だ。水が足りなければ料理もできず、皿も衣類も体も洗えず、最低限の衛生も維持できない。医療・人道支援団体は過去数カ月、水や生活環境に起因する病気の増加を記録してきた。人口過密や下水道網の劣化、衛生用品の不足が事態を悪化させているという。
次に訪ねたのは、ある避難民キャンプの仮設診療所だ。ここでは友人のハリル(26)に会った。理容師を目指して職業訓練をしていたのだが、中断を強いられていた。停戦中のイスラエルの攻撃で父親が脚を負傷し、世話が必要になったからだ。この日、2人が診療所に来なければならなかったのは、包帯を交換するためだ。
仮設診療所の待ち合い区画は患者でいっぱいで、医師や看護師が人手不足を懸命にカバーしながら必要な医療を提供しようとしていた。住民たちは今、何を一番求めているのかと診療所の職員に尋ねたところ、躊躇なく「薬だ」という答えが返ってきた。
この職員によると、医薬品が診療所に届いても在庫がすぐに尽きてしまい、患者に提供できる期間は往々にして短い。そのせいで、患者は診療所を渡り歩くことになる。ガザの外での専門的な治療が必要な人もいるが、移動許可が出るのを何年も待っている。治療が受けられる場所があっても、そこにたどり着ける保証はないということだ。
「ここは医療を提供する場所なのに、基礎的な医薬品どころか包帯さえない時のほうが多い。私たちが傷の手当てに必要な包帯を用意できないせいで、何時間も待っている患者もいる」
この証言には、より広範な危機が表れている。世界保健機関(WHO)によれば、ガザの医療体制は急速に弱体化し、病院では医薬品や資機材が著しく不足している。イスラエル当局が物資の搬入を制限しながら、医療施設への攻撃を繰り返しているせいだ。医師や看護師は患者が抱える困難の多くを自らも抱えながら、計り知れない重圧の下で働いている。
ガザ住民らの集団的脆弱性は、何よりも仮住居の状態に現れている。
筆者は最後にヤセルを訪ねた。ヤセルは妻と2人の子どもと、もう2年余りテント生活を続けている。到着した時は、テントの天井の破れ目をぼろ切れでつぎはぎしようとしていた。補修は何度目かと尋ねると、苦笑いとともに「数えるのをやめた」と返事があった。
ヤセルはテントの天井や側面をあちこち指差し、「どこも2回以上は補修した」と語る。
ヤセルによれば、一家は「停戦」によって住居用の資材がもっとたくさん届き、それが再建の始まりの象徴になると期待していたという。ところが、状況は何も変わっていない。4人は同じテント、同じキャンプから出られず、同じ場所にすみ着いたネズミや害虫と暮らしている。
「このテントでは夏の暑さや虫を防げない。だから海岸で何時間も過ごしている。何千世帯の避難家族が同じようにしている」
筆者は一連の訪問を終えるまでに、どの話も個別に存在しているわけではなく、同じ現実の断片であることを理解した。ジュネーブでは国連や人道支援機関が援助物資を届ける仕組みを議論し、ガザでは安定的で切れ目ない人道支援が必要だとの前提で計画を立てている。しかし、現地の実情はそれにそぐわない。
ガザの日常は今も、イスラエルによる国境通過の制限や、安全保障状況の変化、戦争中に破壊されたインフラが形づくっている。現地で援助を測る物差しは、食料配給を1回受け取るのに待たなければならない時間であり、給水車1台に対して避難民が何人いるのかであり、医薬品が見つかるまでの捜索時間であり、テントがあと何日持ち堪えられるのかだ。
停戦発効から9カ月が経った今、筆者は以前と違う疑問を抱えている。これまでは援助がガザに入っているのかを疑っていた。しかし、実際に問うべきは、生き延びるため援助を必要とする人々に対し、物資が安定的に、十分に届いているのかだ。
編集:Dominique Soguel/livm/ac、英語からの翻訳:高取芳彦、校正:宇田薫
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