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クレディ・スイス問題は「スイス政治の危機」

ルーカス・ヘーシッグ
スイス人ジャーナリスト、ルーカス・ヘーシッグ氏の金融ブログ「インサイド・パラーデプラッツ」は、スイス金融業界のコアな関係者が毎日読んでいる、重要なメディアだ Keystone / Walter Bieri

スイス金融街の人事情報からゴシップ、大スクープまで、さまざまな業界情報を掲載し銀行からも一目置かれている金融ブログ「インサイド・パラーデプラッツ」。運営人のルーカス・ヘーシッグ氏は、クレディ・スイスの危機は銀行だけではなく、スイスの政治や報道、文化にも問題があると考える。

2022年12月、クレディ・スイス(CS)は「インサイド・パラーデプラッツ(IP)」を提訴。52本の記事の削除を要求し、同ブログ発行人のジャーナリスト、ルーカス・ヘーシッグ氏に30万フラン(約4300万円)の損害賠償を請求した。

だが2023年3月19日、CSはライバルのUBSに買収されることが決まった。責任は誰にあるのか?IPはスイスで2番目に大きい銀行の崩壊に、一役買ったのだろうか?

ゴッサム・シティ:CSは3カ月前、52本の記事に関してIPを相手取り訴訟を起こしました。削除を求めたのは、IPで同行の名前に言及した記事全てでした。また、読者のコメント200件と、経済学教授ハンス・ガイガー氏とのインタビュー記事の削除も求めました。1メディアに対するこのような大規模な法的攻撃は、スイスではあまり例がありません。なぜ、CSはこうした反応を取ったと考えますか?

ルーカス・ヘーシッグ:CSは従業員を守るためだと言いましたが、その裏には私のブログを止めさせたいという思いがありました。私には情報源があり、読者からも色々なことを聞きます。私を非難することで、CSはこうした情報源を黙らせたかったのです。

ゴッサム・シティ:CSは「インサイド・パラーデプラッツ」の読者コメントを良く思っていませんでした。コメントはどのようなものだったのですか?

ヘーシッグ:CSを「タイタニック」と表現した人たちがいましたが、それは全く正しかったと分かりました。トップマネジメントを馬鹿と表現した人たちもいましたが、それはもちろん、良い言い方ではありませんでした。

ゴッサム・シティ:それは現在、CSに対して皆が言っていることではありますが。

ヘーシッグ:これら全てのコメントをウェブサイト上に掲載するのは一仕事ですし、大きな責任を伴います。膨大な作業が必要とされます。今は1400件のコメントが掲載待ちで、私は全てに目を通さなければなりません。それでも、読者に自由な表現の可能性を提供するためには、価値ある努力だと考えています。


ヘーシッグ:もちろんです。表現の自由には限界があります。そのため、全てのコメントを読む必要があります。ベストを尽くしますが、間違いを犯すこともあるかもしれない。その時はぜひとも、私に電話やメールで「しかじかのコメントは削除されるべきだ」と言ってください。コメントが度を過ぎている場合は削除します。しかし、あれ(訟訴)は別次元です。CSは、重要な情報を提供するがゆえに金融業界で有名になったメディアを潰そうとしたのです。

ゴッサム・シティは、調査報道記者マリー・モーリス氏とフランソワ・ピレ氏が立ち上げた、特にホワイトカラー犯罪に関連した司法判断を監視するニュースレター。

毎週、スイスの金融市場に関係する金融詐欺、汚職、マネーロンダリング(資金洗浄)について、裁判所の公表資料に基づいて報道する。

ゴッサム・シティは毎月1本の記事を選び、追加執筆を行なった上でswissinfo.chに提供している。

ゴッサム・シティ:今考えてみれば、CSの法的攻撃はパニックから起きたものだったと思いますか?

ヘーシッグ:いいえ。単なる愚かさと傲慢さから生じたものです。私はこの11年間で時折、自分がブログに書いたことに対する訴訟に対応しなければなりませんでした。しかし、CSは民事訴訟だけでなく刑事告訴もした点で、さらに踏み込んだ。私の意見では、レッドラインを越えた行いです。

ゴッサム・シティ:つまり、個人運営の報道機関に対し30万フランの損害賠償を訴えたのは、正当だったということですか?

ヘーシッグ:彼らはそう考えたわけです。CSにはビジネスがあり、私にもビジネスがある。今回の件は大企業が小企業に対抗したものですが、裁判官も普通は愚かではないから、その構図に気づいている。通常、裁判官側も小さな報道機関を潰したくはないのです。一方で、名誉毀損による刑事告訴はとても危険かつ非常に敵対的な行為で、私が思うには、あまりスイス的なやり方ではありません。CSは、自分を批判したジャーナリストや同行に対する怒りを表明するコメントを書いた読者を、検察官が追求するように仕向けました。訴訟が起きて以来、検察官は批判した人物を全力で突き止めようとしている。そんな国は、我々がスイスに求めるものではありません。

ゴッサム・シティ:CSは本当に否定的な読者コメントを追求しているだけなのか、それとも、あなたの情報源からの情報の流れを絶とうとしているのか。どう考えますか?

ヘーシッグ:CS幹部は通常、年に1千万フラン稼いでいました。野心旺盛なビジネスパーソンで、1ブログのくだらないコメントを読む暇はない。そう、彼らが求めていたのは私の情報源を絶つことでした。そこで、検察官の助けを借りたのです。

ゴッサム・シティ: 今、CSは被害者の立場にあります。ソーシャルメディアに対する不服、そして同行を集団で攻撃する英語メディアへの不服が表明されています。

ヘーシッグ:その点については、まだ十分には分かっていません。我々が今見ているのは、私の意見ですが、ひどく無能な政府です。スイスは全く準備ができていなかった。これだけのことが起きた後なのに、実に不思議です。

ゴッサム・シティ:英経済フィナンシャル・タイムズと米ブルームバーグ通信の記者は、先週末にチューリヒで行われた秘密交渉の様子を報道していました。一方、スイスのメディアは完全に不意打ちを食らってしまった。この事態はどのように説明しますか?

ヘーシッグ:そのことは、スイスで多くの人が「こうしたメディアが(CSを)袋叩きにした」と言う理由の1つになっています。しかし真相としては、昨年10月の時点でも、CSが大きな問題を抱えているのは極めて明白だった。何かが起きようとしていることは公然の秘密だったが、いつ起こるのかが誰にも分からなかっただけです。大嵐が接近している時に(銀行業界の)病人でいるのは良いことではありません。

ゴッサム・シティ:もしかすると、スイスとその政府機関がただ様子見をしていた間に、こうした(海外)メディアが事態の深刻さにより早く気づいただけかもしれませんね?

ヘーシッグ:全くその通りです。報道機関は、自分たちが事態を把握したと示せば、見返りに情報を入手できます。それはさておき、これら海外メディアは指示を受けて報じたこともあったのでしょうか?そうかもしれません。そして、スイスのメディアは?こちらもそうかもしれません。日刊紙NZZを例にしてみましょう。私が大好きな新聞です。実際、毎日読んでいます。NZZが現在どんな厳しい書き方をしているかを見てください。しかし、以前は十分に批判的だったでしょうか?そうではなかった、だがそうでなければいけなかった。NZZ編集部は英語を理解できる。

フィナンシャル・タイムズは重要な報道機関です。スイスの金融市場にとって、常にそうであり続けてきた。なので、言い訳の余地はありません。しかし、それがスイスなのです。スイスには常に、全てが崩壊するまで権力者を守る傾向があります。

ゴッサム・シティ: 3月20日の朝に目覚めると、CSを買収したUBSという究極のメガバンクの誕生が決まっていました。どのようなことが結果として起きてくるのでしょう?

ヘーシッグ:スイスは以前、「大きすぎて潰せない」2銀行で、同様の事態に陥ったことがあります。リーマン・ブラザーズの破綻、そして破綻しかけたUBSのケースから何年も経ち、もしまた同じことが起きれば、解決策が提示されるだろうと思っていたのでしょう。しかし日曜日以降、我々は自分たちがひどい思い違いをしていたと知りました。銀行は清算できると考えていたのは、間違いだった。トゥールガウ州のライファイゼン銀行や似たような銀行なら可能だったかもしれません。または、それは全くもって不可能なのかもしれません。

CSを一時的に国有化するべきだったと言う人もいます。スイスでなければ、それも有効策だったかもしれない。イギリスやドイツは実際、過去に行っています。しかし、スイスは違います。スイスは分権化された、連邦制の国です。知的資源にしても商業資源にしても、資源の限られた小国です。政府もぜい弱です。有事立法などで強く見せようとしていますが、それは上辺だけのものだと、今の我々にははっきりと分かります。

スイスの金融規制機関である連邦金融市場監督機構(FINMA)は今回のケースでは役に立ちませんでしたが、驚きはありません。このような強力な利害関係者に対応できるのは、行政執行機関だけです。連邦政府はもっと強力になる必要があります。今回スイスが対峙しているのは、政治的な危機です。この数日間で見てきた状況は、我々に単に対応能力がないことを示しました。アメリカが我々に電話をかけ、何をすべきか指示できるというのは、何と悲惨な事態でしょう。我々は、政治的に強くなる必要があります。

ゴッサム・シティ:メディアはどうでしょう? このような絶対的な力を持った相手に渡り合うことができるのでしょうか?

ヘーシッグ:そうであってほしいですね。少なくとも、メディアは競争的な状態を保っています。大手報道機関にできなくても、小さな報道機関は常に幾つかありますから。問題は、小規模な報道機関は簡単に潰され得ることです。

ゴッサム・シティ:いつかUBSがスイスの小規模な報道機関を相手に訴訟を起こすこともあるでしょうか?

ヘーシッグ:そう考えたくはないですね。

ゴッサム・シティ:買収決定後、IP読者の反応はいかがでしたか?

ヘーシッグ:私には全く新しい状況です。と言うのも、多くの人が、私がCSの崩壊に一役買ったと思っているようです。その人たちは私を破壊者と考えています。そう考えている人がいることは知っていましたが、ここまでとは思いませんでした。私は、それを真剣に受け止めています。もちろん、自分自身がそういう見方に同意しているわけではありません。むしろ、今回のケースでは真逆だと主張します。私は繰り返し、人々に警告しようとしました。私の書いたもの全てが素晴らしいものではなかったかもしれません。しかし全体を見れば、私はただ、大きな問題が起きていることを伝えようとしていたのです。

CSの幹部が私やコメント投稿者を刑事告訴したのは、彼らがそうしなければならないと考えていたからだ。チューリヒの検察官も同様です。彼らは「このブログは自分たちを潰そうとしている。自分たちの職を奪われてしまう」と考えました。しかし、なぜそんなレベルの事態になってしまったのでしょうか?現実には、クレディ・スイスは自滅したのです。リーダーたちが、何が実際に起きているかを把握できなかったから、こうなったのです。

文化の問題もあったと私は考えています。何がスイスの問題なのでしょうか?なぜ私たちは批判を、たとえそれが少し無遠慮なものであったとしても、受け入れられないのでしょう?本当に、物事に対して1つの考え方だけ持っていればいいのでしょうか?常に親切で、全てが上手くいっていると言わなければいけないのでしょうか?それでは上手くいかないと分かるはずです。なぜなら、世界はそこにあり、物事が起きているのですから。

英語からの翻訳:アイヒャー農頭美穂

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SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

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