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クレディ・スイス買収交渉の舞台裏

Credit Suisse
2023年3月19日、スイス・チューリッヒのパラーデ広場にあるスイスの銀行、クレディ・スイス(右)とUBS(左)の本社 © Keystone / Michael Buholzer

スイス高官からの緊急を告げる電話が鳴ったのは、3月16日の午後4時のことだった。

昨年4月からUBS会長を務める破天荒なアイルランド人経営者のコルム・ケレハーは、17日の聖パトリックの日を祝った後は、18日のラグビーのアイルランド対イングランド戦をチューリヒのパブで観戦しようと考えていた。欧州6カ国対抗戦で祖国が圧勝かグランドスラムを達成すると期待していた。

だが電話を取る前から、週末を楽しめる可能性が低いことは分かっていた。業界の競合クレディ・スイス(CS)は3年前からスキャンダル続き。今や欧州銀行業界の膿とされ、その混乱は過熱気味にあった。

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FT

その前日、スイス国立銀行(中央銀行、SNB)が500億フラン(約7兆1千億円)の流動性供給策を発表したが、貸し手の間に広がった信用危機を食い止めることはできなかった。筆頭株主であるサウジ・ナショナル・バンクのアンマル・フダリ総裁が追加出資の可能性を問われ「絶対にない」と答えた発言が広がると、CS株は暴落した。

1日で420億ドルの預金が流出した米シリコンバレー銀行を米規制当局が管理下に収めたのを機に、世界市場には不安が広がったが、同じことがCSの身にも降りかかっていた。昨年10月、破綻の危機に陥っているという噂がソーシャルメディア上で拡散され、富裕層の預かり資産が1日100億フラン以上流出。総額1110億フランを失った。

「最大の投資家が『私はもう1セントも出さない』と断言したのは、強烈な不信任投票だった。彼が何も言わなかったら、我々は別の状況にあったかもしれないと言っていい」。あるCS経営陣の関係者はこうこぼす。

15日、CSのアクセル・レーマン会長とウルリッヒ・ケルナー最高経営責任者(CEO)は出張先のサウジアラビアから呼び戻された。召喚したのはスイスのSNB、金融市場監督機構(Finma、日本の金融庁に相当)、財務相の「トリニタス(三位一体)」だ。

500億フランの流動性供給を承認したのと同じ会議の場で、別のメッセージが伝えられた。「CSはUBSと合併し、アジア市場が開く前の日曜夜に発表する。これは『オプション』ではない」。会話を知る人物はメッセージの内容を明かした。

ケレハーは16日午後、週末の計画がおじゃんになったことを悟った。電話の主はトリニタスだった。病床に付す同業者を破産から救うための解決策を見つけるよう指示が下った。

「(政府管理下の段階的廃業という)解決は金融システムにとっての大惨事となり、世界中にコンテージョン(伝染)への脅威をもたらしただろう」。UBSサイドの別の関係者はこう話す。「失敗すればウェルスマネジメントに関するスイスブランドを損なうという意味で、UBSとも利害が一致していた。だがら、適切な条件のもと、我々が救うと返答した」

同郷のライバル行の買収は、UBSにとっても一世一代の恩恵をもたらす可能性がある。だがUBSは訴訟問題や数十億単位の不良資産を抱えるCSを買い受ける代わりに、可能な限り有利な条件を引き出すことを決めた。

アイルランドは18日にグランドスラムで勝利した。だがケレハーがチューリヒのパブ「ジェームス・ジョイス」で飲んだのはギネスビール1パイントだけだった。

以下の内容は、167年の歴史を持つ大手行が獰猛なライバル行の軍門に下り、一定の債券保有者を一掃し、世界で数万人もの雇用者を失業の危機に陥らせた2日間にわたる買収劇の舞台裏について、10人以上の関係者への取材をもとにしている。

チューリヒに拠点を置くスイスの2大メガバンクの合併は、長年取り沙汰されてきた。2015~20年にCSのCEOを務めたティージャン・ティアムは在任中、周辺に「欧州銀行で唯一意味のある合併だ」と繰り返し熱弁していた。

スイス当局は先週まで、スイスは2メガ体制を維持するべきだと考えていた。2008年に金融危機で経営危機に陥ったUBSに対しても、買収されるのを待つのではなく納税者の負担で救済する道を選んだ。だがこの決断に対しては未だに国民の怒りがくすぶっており、同じ轍を踏む選択肢は政治的にあり得なかった。

スイスのカリン・ケラー・ズッター財務相は買収を発表した19日夜、「これは救済措置ではない」と強調した。「これは商業的解決策だ」

アドバイザーとコードネーム

CS、UBSの双方は買収交渉が避けられないことを悟ると、アドバイザー(顧問)を雇った。CSはブレア・エフロンとタッジ・フラッドのコンビが率いる投資銀行「センタービュー」と長年の付き合いがあったが、レーマンとケルナーはかつてUBSの投資銀行部門にいたピエロ・ノベリを取締役会への助言役に指名した。ロスチャイルドも取締役会のご意見番に就いた。

米JPモルガンはUBS経営陣に、米モルガンスタンレーが同取締役会に助言した。UBSはツリー型のコードネームを割り当てた。CSはCeder、UBSはラテン語で「ニレの木」を意味するUlmusだ。

CS側が使ったのは別のコードネームだ。スイスの湖の名にちなんで、自行をコモ、UBSをジュネーブと呼んだ。

交渉プロセスでは両行が直に接触することはほぼない、と取り決められた。これは買収の価格と条件を意図的に秘匿していたCSを激怒させた。

ほとんどのやりとりはZoomを通して、スイス連邦政府か規制当局の立ち会いのもと行われた。

CS関係者は「16日までに全員がチューリヒに集結した。スイス政府が月曜朝までに何らかの方法で解決を求めていることは明らかだった。スイスの国益、もっと一般的に言えば銀行業界の利益を世界的に守るために、いかなる犠牲も払う構えだった」と話す。

ケラー・ズッターは米欧各国政府・規制当局との調整役を務め、交渉全体におけるキーパーソンとなった。

同氏は世界の規制当局から、市場での混乱拡大を食い止めるためより迅速・断固たる行動を取るよう強い圧力をかけられていた。特に「スイスのケツを叩いていた」のは米国とフランスだった、とUBS関係者の1人は打ち明ける。ジャネット・イエレン米財務長官も週末にケラー・ズッターと数回やり取りしたという。

買収交渉は当初は「かなり友好的」だったが、時の経過とともにトリニタスは強気に出始め、CSが猛反対した取引を強引に推し進めた。

UBSも渋々だった。経営陣は買収価格が低い場合のみライバル行の救済に応じる方針を示し、CS文化や管理に関する一連の規制調査には責任を負わないことを条件に付けた。

CS関係者は「彼ら(UBS)は常に、価格で我々をつぶしにかかっていた。そして我々は常に付加価値を付けようとしていた」と語る。

交渉関係者によると、UBSが国家主導で買収を検討していると報じられた17日夕方時点で、CSから3日間で350億フランが流出していた。仏BNPパリバから英HSBCまで国際銀行も関係を絶った。規制当局は、このままでは週明けに営業再開できないと迫った。

だが買収にはもう1社が手を挙げていた。ラリー・フリンク率いる米ブラックロックだ。

フリンクは16日に腹心を呼び集め、繰り返し使ってきた文句を今一度口にした。「試合に参戦したければ、プレイしければならない」―この言葉はその場にいた腹心の1人の脳裏に刻まれた。

世界金融危機の間、ブラックロックは2009年に英バークレイズの投資部門BGIを152億ドルで買収。資産2.7兆ドルを抱える世界最大の資産運用会社を誕生させた。以来、世界の投資業界を支配し運用額は8.6兆ドルに拡大した。

不祥事続きのCSに対しても、二匹目のどじょうを狙っていた。

フィンクの右腕ロブ・カピートを長とするブラックロックチームはすぐチューリヒに飛び、会議室にこもってさまざまなオプションを検討した。フィンクは17日に米ペレラ・ワインバーグ・パートナーズの副会長ボブ・スティールにも声をかけ、チューリヒに送り込んだ。

ブラックロックは部分的買収や他社との提携など、さまざまなオプションを取る用意があった。元シティグループ幹部でCSの取締役を務めるマイケル・クラインにとって、お膳立てされた買収に乗って同氏が設立した助言専門会社Mクラインと合併させCSの支配権を握るために、そうしたオプションは都合が良かった。

事情に詳しい人物はこう語る。「最も信頼できる選択肢はブラックロックだった。…だがそれはスイス政府の望むところではなかった」

17日深夜までに、ブラックロックは銀行全体を買収する気はないことを告げていた。CSの答えは、ウェルスマネジメント事業の提携など、株式の過半を握らない「マイノリティ投資」の提案だった。ブラックロックは最終的に、買収交渉から降りることを選んだ。

「フィンクはブラックロックの大口顧客の1つであるUBSを怒らせる気はなかった。ある時点で、彼は交渉から降りるだろうと思った。米規制当局にも対応することになれば厄介だから」(CS関係者)

そして翌18日。交渉は丸一日続いた。世界中の規制当局が、その日の夜には契約の骨格が合意に至ることを切望していた。だが当局は、(契約上の支配権の移動を盛り込んだ)チェンジ・オブ・コントロール条項を正確に記述しようと、締め切りをずるずると引き延ばした。

UBSのメールシステムに問題が生じメッセージのやりとりに時間がかかったことも遅延の原因となった。焦りを募らせたFinmaは、代わりに電話を使うよう指示を飛ばした。

UBSからの連絡がないことにいら立ったレーマンは、代わりにケレハーとスイス当局に宛て手紙を書いた。昨年6月にUBSから移籍した法律顧問マルクス・ディートヘルムが起草した手紙は18日夜にUBSのもとに届けられ、買収提案を受諾できない理由が列挙されていた。

UBSが突き付けた、クレジット・デフォルト・スワップ(CDS)のスプレッドが大きく跳ね上がった場合には取引を無効にする「MAC条項」もその1つだった。

レーマンの手紙は脅迫めいていた。CSの3大株主(2社はサウジアラビア、1社はカタール)が不透明な買収交渉は「極めて不快」だと表明したと記した。株主らは公正な価格を確認し、買収に関して株主投票を行い、全ての免責条項を削除するよう求めた。手紙には、サウジとカタールがCS・UBS両行の大口顧客であることも明記された。

返答の代わりにケレハーは18日夜、レストランの外からレーマンに電話をかけ、UBSはCSグループ全体の買収に株式10億ドルを提供する用意があると伝えた。1株0.25フランと、週末終値の1.86フランを大きく下回る価格だった。

その後、スイス政府がCSに対し、両株主の議決権行使を免除する緊急法を制定すると通知した。

CSは激怒し、署名を拒否した。特に反対したのはCDSをめぐるMAC条項だ。買収を任意に破談にできることが公になれば、それ自体がCDSを崩壊させると考えたためだ。交渉を知る人々は、そのような事態は大混乱を招いただろうと口をそろえる。

中東の株主たちも猛反発した。

「独裁政権をコケにしておきながら、週末の間に法律を変えられるという。ではサウジアラビアとスイスの間にどんな違いがあるのか?酷い話だ」。3大株主に近い人物はこう憤る。

この人物は、19日朝に買収額10億ドルとするフィナンシャル・タイムズ紙の報道はサウジで「不信感」を持って受け止められたと話す。

高まる圧力

交渉成立の期限をその日の終わりに控え、トリニタスは両行への圧力を高めた。CSは買収案を承認しなければ取締役を解任すると脅された。

一方のUBSは買収価格の引き上げ要求に渋々応じ、最終的に32億5千万ドルを提示した。その見返りに、SNBによる流動性供給枠1千億フランや、政府による最大90億フランの損失補償など、国からの追加支援を引き出した。

交渉関係者はFTに、最終的な条件はなおUBSにとって有利で、「拒否できないオファー」だったと話す。CS顧問は「容認できずとんでもない」条件で、「コーポレートガバナンス(企業統治)と株主の権利を完全に無視している」と指摘した。

この時点で、両行の本店はチューリヒのパラデ広場を挟んで向かい合っているにもかかわらず、当事者が顔を合わせることはほとんどなかった。

スイス国民やCSの株主が買収を受け入れやすくなるよう、政府はCSのAT1債160億フラン全額を無価値にすることを決めた。AT1債は発行体が問題を起こしたときには償還されない劣後債だが、株主が買収の一環で利益を得るケースでは通常なら償還される。

だが債券文書に記載された小さな文言により、スイス当局は通常の支払い優先順位を無視し、債券保有者を一掃することに成功した。

「両行の株主から議決権を奪った財務省は、国外の株式保有者に対して面目を保つため、AT1債保有者を犠牲にした」。アドバイザーを務めた銀行家の1人はこう解説する。

詳細があまりに早く決着したため、19日深夜に行われた会見後のレクで、UBSのラルフ・ハマーズCEOはCS社債に関するアナリストの質問に答えることができなかった。

ハマーズは「後でお答えします」と述べるにとどめた。

CS取締役会は買収の最終案を精査し、アドバイザーと手短に協議した後、UBSが提示した買収額32億5千万ドルを受諾すると三位一体に伝えた。

アジア市場が開く前に交渉が成立すると知ったケラー・ズッターは、安堵のため息をついた。スイスと世界の金融システムの行く末を決める数日間の緊迫からようやく解放されたのだ。

首都ベルンで開かれた緊急記者会見には、UBSとCSの会長が同席し、歴史的な買収契約を発表した。

「システム上重要な銀行が破綻すれば深刻な影響をもたらす。スイスは国境を超えた責任を持っていることを自認する必要がある」(ケラー・ズッター)

会見で財務相の隣に座ったレーマンは、「この災害の責任者は誰か?」と記者に問われ、ツイッターに罪を着せた。

「後講釈して後ろ指を指すのは素晴らしいことだ。2021年以降、CSが見出しを飾り続けたのは事実だ」と答えた。「昨秋はソーシャルメディアの嵐が吹き荒れ大きな影響を与えた。それはホールセールよりリテール部門に響いた。そして行き過ぎは行き過ぎを呼ぶ」

ケレハーの言葉はもっと率直だった。

「これは歴史的な日であり、この日が来ないことを望んでいた。この買収はUBSの株主にとっては魅力的だが、はっきり言って、CSに関する限り、緊急救済策だ」

著作権:The Financial Times Limited 2023

追加取材:Owen Walker, Brooke Masters, Laura Noonan and Robert Smith

英語からの翻訳:ムートゥ朋子


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