兵役拒否がしにくくなる?兵役義務の変更案、スイスで6月国民投票
スイスで信条・良心上の理由で兵役ではなく「社会奉仕」を選ぶ人が増え続けていることを受け、政府・議会は社会奉仕に移行するハードルを引き上げる法改正案を可決した。この案が6月、国民投票にかけられる。何が問題になっているのか。
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スイス徴兵制の「社会奉仕」とは?
社会奉仕はスイスの徴兵制度を構成する要素の一つで、軍隊での訓練に代わる選択肢だ。希望する人は3つの基準を満たす必要がある。1つ目は兵役適格者であること、兵役を拒否する良心・信条上の理由があること、そして兵役の1.5倍の期間、社会奉仕に従事する意思があることだ。
スイスの徴兵制は奉仕義務(Dienstpflicht)とも呼ばれる。成人男性は兵役義務が課され、約4カ月の新兵学校での基礎訓練、その後は30歳ごろまで毎年定期的な再訓練を受ける。
徴兵検査で健康上の理由などにより不適格と判断された場合は、災害時の住民支援などの市民防衛(Zivilschutz)と呼ばれる代替義務に就く。
良心・信条上の理由で兵役を拒否する人は社会奉仕(Zivildienst)に就く(期間は兵役の1.5倍)。社会奉仕は保健・社会福祉、環境・自然保護など8分野から任務を選べる。いずれの奉仕活動にも従事しない人は、税金の形で免除料を収める。
社会奉仕は、公共の利益となる分野が対象となる。昨年は、社会奉仕従事日数の50%が社会福祉、18%が公立教育、約15%が医療、そして10%弱が自然・環境保護で実施された。
従事期間中は、兵役義務に就く人と同様、休業補償が受けられる。
2025年は過去最多となる7211人が社会奉仕活動への配属を認められた。申請者の3分の1は、新兵学校での基礎訓練修了後に社会奉仕への転属を申請した。
また、完了した社会奉仕従事日数は約190万日に達し、社会奉仕制度が導入された1996年以来で最高を記録した。制度導入当初は年間1000〜1500人程度だったが、良心的兵役拒否の審理が2009年に廃止された後、その数は年間6000人超と急増した。
社会奉仕制度は1996年、良心的な理由で兵役を希望しない人の代替的選択肢として1996年に導入された。それまでは、良心・信条上の理由で兵役を拒否する人には厳しい刑罰が課せられ、1968年〜1996年には、約1万2000人の男性が懲役刑を宣告された。1992年の国民投票で社会奉仕導入案が可決され、スイスはほかの欧州諸国より大きく遅れをとってこの制度を導入した。
法改正で何が変わる?
連邦議会が可決した連邦法改正案外部リンクは、社会奉仕への転属に関するルールを厳格化した。社会奉仕活動への採用者数を年間7200人から4000人、つまり4割以上削減することを目指す。
法改正案は、社会奉仕の魅力を低下させる6つの措置を盛り込んだ。その1つが、社会奉仕への従事日数を一律150日に設定することだ。現在の規定では、転属時点での残りの軍務期間の1.5倍の期間を社会奉仕に当てればよい、という単純な仕組みになっている。
一律化の狙いは、新兵学校、あるいは兵役訓練中に心変わりし、社会奉仕に転属する人を減らすことだ。国の調査では、全体の4割が新兵学校での訓練中、あるいは兵役が始まった後に社会奉仕に転属している。 法改正により、転向が遅くなればなるほど社会奉仕義務に従事する日数が相対的に長くなるという「ペナルティ」が生じる。
日程調整の柔軟性も減らす。現在は社会奉仕に従事するタイミングを個々のキャリアプランなどに合わせて柔軟に決めることができるが、改正後は毎年一定期間の従事を義務付ける。毎年再訓練を受けなければならない兵役選択者とのバランスを取るためだ。
1.5倍の規定は、将校・下士官にも適用する。これまでは1.1倍だったが、高度人材の転属を防ぐために新規定を盛り込んだ。
さらに、兵役の残り勤務日数がゼロの人は、社会奉仕を選択できなくなる。兵役に就く人は再訓練をすべて修了した後も毎年、射撃訓練の受講が義務付けられており、これを回避するために社会奉仕に切り替える人が一定数いた。
医学、歯学、獣医学を学ぶ人が、実習を目的に社会奉仕を選ぶことは今後、認められなくなる。軍の医療従事者不足に歯止めをかけるための措置だ。
なぜ国民投票にかけられるのか
改正法案は2025年9月、上下院で可決された。これに対し、複数政党・団体でつくる連合外部リンクが今年1月、改正法の施行に反対するレファレンダムを提起した(有効署名数5万7000筆)。
「社会奉仕制度を守れ」と題したレファレンダムは、左派の社会民主党(SP/PS)、緑の党(GPS/Les Verts)、福音国民党(EVP/PEV)などが支持する。
賛成派の主張
2024年の政府報告書によると、毎年1万1000人の新兵が兵役義務期間満了前に兵役を離れている。健康上の理由による転属者数は横ばいである一方、社会奉仕を選択する者の数は増加傾向にある。つまり、社会奉仕への転属の大部分が、内心的な理由であることを意味する。
ギー・パルムラン連邦大統領は議会審議で、社会奉仕制度が「本来の目的とは裏腹に、問題のある大規模な現象と化した」と述べた。社会奉仕制度は良心の葛藤を抱える人々にとっての「例外的な」解決策であるという、本来の目的にとどまるべきだと強調した。
今回の法改正は、軍の人員維持を目的としている。長引くウクライナ戦争など、欧州を巡る地政学的緊張もその背景にある。
反対派の主張
レファレンダム委員会は、社会奉仕がスイス社会で極めて重要な役割を果たしていると訴える。社会奉仕は、介護など人員不足が最も深刻な分野に従事する。もし法改正が施行され、社会奉仕従事者が4割削減されれば、これらの分野に深刻な影響を与えると警告する。
また、社会奉仕への転属条件を厳格化しても、スイス軍が恩恵を受けることはないと主張する。兵役を希望しない人は、引き続き医学的理由による除隊が選択肢として残されているからだ。
さらに、軍の人員不足は政府・議会が主張するほど深刻ではないと指摘する。スイス連邦国防省は軍の正規兵力目標を10万人、動員対象を含む「実効兵力」(訓練中、または動員義務のある人を含む)を法律で最大14万人に設定している。2024年の実効兵力は約14万7000人と、スイス軍の規模は「過剰供給」状態にある。
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レファレンダム委員会は、政府と議会のいわゆる「サラミ戦術」、つまり小さな現状変更を段階的に積み重ねて本来の目的を達成するやり方を非難する。転属要件の厳格化は、社会奉仕制度を弱体化させ、最終的には廃止につながる恐れがあると懸念する。
徴兵制度の改革案は他にも
6月の投票とは別に、政府は現在、2009年に廃止された良心的兵役拒否の審理の再導入を検討している。18歳のスイス人男性に参加が義務付けられた兵役説明会(オリエンテーション・デー)の対象を女性に広げることも視野に入れている。
国民議会(下院)は2025年6月、社会奉仕と市民防衛を「災害防衛」という1つの組織に統合する動議を可決した。上院で可決されれば、左派が「社会奉仕制度解体」の動きと見なし、再び国民投票に向けた署名活動を行う可能性が高い。
この記事は、原語の記事を日本語読者向けに特別に編集・加筆した記事です。このため原語の記事とは内容が異なる場合があります。日本語読者向けに編集部が特別に編集した記事の特集ページはこちらです。
編集:Pauline Turuban、独語からの翻訳、追記:宇田薫、校正:ムートゥ朋子
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